スカーレットの心のつぶやき
つぶやき 目次|過去|未来


2003年07月04日(金) 顔

あなたは一日のうち何回鏡を見るだろうか?

私は数えたことはないけれど、結構何回も見ているように思う。

朝起きてすぐに鏡台を開いて見る。

寝癖はついてないか?と思いながら見る。

ニコッと笑ってみる。

着替えたら又鏡の前に立つ。

台所へ行って電子レンジに写る顔を見る。

顔を洗うときに洗面台の鏡を見る。

化粧している時は勿論見ている。

車に乗ればルームミラーを覗く。

町を歩くとショウインドウに写る自分の顔を見る。

鏡の置いてある店に入ると必ず見る。

こうして考えてみると相当の回数になるのではないだろうか。

私は決して自分自身の顔に自信があるのではない。

でも鏡を覗くのは好きだ。

鏡をよく見る人ほど老化しないらしい。

自分の顔を見ることによって脳に刺激が行くのだろうか?

それとも何歳になっても自分の顔に気をつけるということが良いことなのだろうか?

顔はこころの鏡だと思う。

気分が爽快な時には顔は自然に微笑んでいる。

反対に気分がすぐれないときは顔も憂鬱そうな感じに違いない。

それほど顔はその人の心を映し出していると言っても過言ではないと思う。

顔のつくりは親からもらったもので、
整形でもしない限り自分の力で変えることはできない。

でも表情は変えることが出来る。

特に女性は化粧によって良いようにも悪いようにも変わる。

昔アメリカ大統領のリンカーンは言った。

「人間は40を越すと、誰でも自分の顔に責任を持たねばならない。」

顔はその人の履歴書だとも言える。

生まれてきてからの生き方が顔に出るといっても過言ではない。

心が卑しいと顔にも表れる。

だから人生に責任と持つのと同じように40歳ともなれば
自分の顔に責任を持たないといけないのだろう。

顔に出るものは正直だと思う。

その人の教養や知識もおのずから出てくるものだ。

顔の作りはよくなくても
経験と努力の積み重ねによって磨きぬかれた顔になることもある。

反対にいくら美人でも白痴美人も居る。

私は自分の顔が好きだ。

決して美人ではないが今の自分の顔を素直に受け入れたいと思っている。

もしお金もいっぱいあったら
この小じわをどうにかしてほしいなんて思うかもしれない。

今巷ではプチ整形が流行しているらしい。

まあそれも良いだろう。

私は思う。

どんな顔であれ、一つとして同じ顔はないのだ。

そりゃ美人に生まれてきたら良かっただろう。

私が小さい頃から参観日に母が来ると必ず言われていたことがある。

「○○さんのお母さんって綺麗ね、全然似てないね」と。

母のことを褒められるのは嬉しかったが、
私が母に似てないと言われると
じゃあ私はどうなんだって言いたかった。

姉は美人だ。

妹の私が言うのだから間違いはない。

派手な顔で目立つ。

作りが大きいということも手伝って目立つ顔をしているのだ。

私は姉に全く似ていない。

ということは私は美人ではないということだ。

私は顔は造作では決らないと思う。

いくら綺麗な人でも愛想がなければ唯冷たい人になってしまう。

美人は3日で飽きるとも言う。

美人でない人の僻みから出た言葉だとは思いたくない。

顔はその人の宝だと思う。

神様から与えられたこの顔に死ぬまで付き合うのだから、
もっと自分で自分の顔を好きになってやらないと
いけないのではないだろうか?

例え、顔が良くなくても正確が良いと顔も良くなってくる。

私は性格美人を目指そうと思っている。

毎日何回も鏡を覗きながら一人でにっこりと笑っている私だ。




スカーレット