スカーレットの心のつぶやき
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今日は春のお彼岸の入りだ。
「暑さ寒さも彼岸まで」と言う言葉があるように やっと冬の寒さから抜け出ることが出来そうだ。
家の周りの庭には白木蓮が花を咲かせ、 沈丁花の香りがしてくる。
土手には菜の花が満開、南向きの地面からは 可愛いつくしが頭を出している。
「ああ〜〜春なんだな・・・」と思う。
お彼岸は秋にもあるけれど、昔は春のお彼岸の方が 重要視されたとのこと。
生きているものたちが、この一週間の間に 自分が今生きて行っている行動が 果たして良いものなのか、それとも反省しなければ ならないものなのかを考える期間だそうだ。
人はこの世に生まれてきた以上いつかは死を迎える。
死だけは自分の力ではどうしようもないことだ。
勿論毎日の過ごし方を気をつけて、元気で生きていくことは できる。
だからこそ、病気にならないように気をつけて生きている。
風邪をひいただけで、なんとも言えない体のだるさを覚え 大病になったような気もする。
病は気からの言葉どおり、気力は体力の元である。 少しでも病気にならないようにと心がけることも 大事だし、もしも病気になっても気力だけは負けない ようにしたいと思う。
人は死んだら何処へ行くのだろう?
私は小さい頃にお寺に行った時に本堂の天井に地獄絵を 見てショックを受けたのを覚えている。
怖かった・・・ 本当に恐怖を覚えた。
人が閻魔様の前で拷問を受けている絵を見た途端 泣いてしまった。
母は「これは人に悪いことをしたらいけないということを 言い聞かせるために描いているんだ」と言って、私の 心を少し楽にしてくれた。
小さい頃は悪いことをした人は必ず地獄に落ちると信じていた。
地獄の反対が極楽だと聞いてその極楽図を見たとき とても楽しそうで皆が喜んでいる様子に安心した。
私は「そうだ、私は絶対に地獄ではなく極楽に行こう」と思った。
地獄と極楽についての話を聞いたことがある。
それは次のようなことだ。
地獄とは、どんなに恐ろしいところなのか? 極楽とは、どんなにすばらしいところなのか?
じつは、地獄でも極楽でも、みんな同じように長いお箸を持って食事をしているのだという話がある。
地獄では、その長いお箸を使って、食べ物を自分の口に運ぼうとする。 しかし、お箸が長すぎて、食べ物を口に入れることができない。 みんな口に入れようと必死になっているが、一口も食べられずに 苦しんでいる。
極楽でも、同じように、長いお箸を使って、食べ物を口に運んでいる。 ただし、こちらでは、自分で食べようとするのではなく、 お向かいの相手に食べさせてあげるのだ。 食べさせてもらった人は、お返しに相手の口に食べ物を運んであげる。 こうして、お互いに食べさせあうことで、楽しく食事をしているのだ。
結局、 自分の利得だけを考えて行動すると地獄。
他人のことを思いやって行動すると極楽。
地獄と極楽、それはどこか知らない遠いところにあるのではなく、 私たちの心のなかにあるのだということである。
お彼岸を迎えて、私達も日頃の自分のことを振り返って 考えてみる必要があるような気がする。
スカーレット
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