2006年03月03日(金)

■ ただの感動じゃないらしい(帯より)。

西加奈子「さくら」読了。
老犬のいる実家へ帰るところから話が始まるのは
なぜか「100回泣くこと」と同じ。

嫌な始まり方だなと思う。
犬とか猫とか、ぼくは描かれると弱いのだ。
「子ぎつねヘレン」なんて、予告編だけでぼかぁ泣きの態勢だ。
あの手の映画は絶対観たくなかったりする。

で、「さくら」。
「100回泣くこと」では1度も泣けなかったぼくは、
この「さくら」、最後の最後に2度泣いた。見事に泣いた。
しかも、2度めはなんと「あとがき」で。

誰もこれを映画化しようだなどとは思わないでもらいたい。
こうした物語はそれぞれの胸のうちにあるのがいい。
個々のイメージを均してもらいたくはない。
「数式」も、だから、たぶん映画化されるべきではなかった。

で、サクラ。
タワシをぐわしぐわしと噛み、ちぎれんばかりに尻尾を振るサクラ。
猫派のぼくはそんなサクラの描写を猫のそれに置きかえて読んでいる。
あれが我が家でのシアワセのカタチだったんじゃないかと思う。
そこが空席になっている今、我が家はフシアワセではないにせよ、
きっとフカンゼンなんだと思う。

 ☆彡

駅ビルがルミネからラスカに変わった。
郊外から田舎へと、茅ヶ崎がまた一歩後退した。


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