短いのはお好き?
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樫村と再会したのは、渋谷のとあるジャズ喫茶だった。 樫村は、幽霊に出遭ったような真っ青な顔をしてマイルスの『ブルー・イン・グリーン』を聴いていた。 『ブルー・イン・グリーン』は、この世で一番ぼくの好きな曲だ。 死ぬほどに儚げに響く甘美な旋律。 まさか、この樫村がこれほどこの曲に感銘を受けるとは、とても想像が出来なかったが、案の上、そうではないようだ。 俺は、ママにホットを頼んで、樫村の向かいに座った。 俺を認めた樫村は、僅かに頷いたが、すぐにまた視線をテーブルに落とし、やがて瞑目してしまった。 そのエヅラは、まさに名曲に聞き入っているジャズ好きな中年、そのものだった。 そう。 ぼくらは、いつしか中年になっていた。 どうして、ここまで生き長らえてきてしまったんだろう。 家庭を持ったからだろうか。 子供たちのために俺が生きていかなければならないのは確かだった。 なんでヒトって生きてるんでしょうね? 樫村がそう言っていたことをきのうのことのように思い出す。 ぼくらは、結局なんにも変えることはできなかった。 ぼくは、心のなかで呟く。 「なぁ、樫村。俺たち、まちがっていたのかな?」
この世のものとは想われない『ブルー・イン・グリーン』のすすり泣くマイルスのペットが淡雪のように彼岸へと消え入っていった。
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