| 2006年08月26日(土) |
上野 正彦『死体は語る』★★★☆☆ |
『死体は語る』 上野 正彦 文藝春秋 (2001/10)
きれいな死体になりたいな…。
この本を読んで、そう思った。
異状死体になって検死を受ける身にはなりたくないけど、こればかりは自分で選べないから、もしそうなった時に監察医に「相当自堕落な生活送ってた身体だねこりゃ」と思われないように。
(著者の名誉のために書いておくと、こんなことを思ったとは一言も書いてません。むしろ、死者の人権を重視し、畏敬の念を抱いてらっしゃいます)
この本を読んで知ったのだけど、死の取り扱いには3種類あるそうだ。 病死。犯罪死。その中間の異状死体。
病死は主治医が死亡診断書を発行する。 犯罪死は検事の指揮下で司法解剖。
異状死体になるケースは、医師にかかわらずに突然死したり、自殺、災害事故死、病気か犯罪に関係しているのか疑わしい場合。 こういう場合は、警察に届けられてから警察官立ち会いのもと、医師の検死を受ける。 これを制度化したものが監察医制度で、現在5都市で施行されている。 (東京、横浜、名古屋、大阪、神戸)
この監察医制度は、死者の人権を擁護している制度だと著者は言う。
事故死とされたが、検死の結果、他殺とわかったケース。 自殺や心中に見せかけた殺人。 または殺人に見せかけた自殺。 そういった難しい状況を、死体の状態から推測し、調べ、真実を見つけ出す。
自殺のようなのに、首の紐の跡が並行になっている。吊った場合は、後頭部へかけて斜めになるはずだからそれはおかしい、他殺だ、だとか、いやそれは吊った後で暴れて外れかけたので圧力がなんとかだからやはり自殺だとか、監察医を悩ませる事件もいろいろあるようで、そんな話がとても読みやすい筆致で書かれている。
死亡推定時刻というのも、だいたいこの時間でこんな状況になる、というもんだと私は思っていたのだけど、日当たりや保存場所(大気中、水の中や土の中)や季節で全然違ってくるというのも驚きだった。 人間も野菜や肉と同じ(肉だもんね)だと思えばそれもあたりまえなんだけど。
私も死体は怖いと思ってしまうのだが(虫の死体もダメ)、著者は解剖や検死が気持ち悪くないかと聞かれると即座にこうこたえるそうだ。
「生きている人の方が恐ろしい」(p52)
理由がふるっている。
「生きている人は、痛いとかかゆいとか、すぐに文句を言う。そして何よりも死ぬ危険があるので、私にとっては、生きている人を診るよりは死体の方がはるかに気が楽なのである。」(p52)
生きた患者を診るのが嫌なのではなく、死んだ「患者」を診ることで、彼らの死の真実に迫り、その人権を擁護し、ひいては予防医学に貢献することができる。 そこにやりがいを見いだしている。
実際に、溺死や老人の自殺を多数検死してきた実績から、監察医でなければ見つけられない共通点を見いだし、発表した論文は社会的に役立っているそうだ。 (泳げる人が溺れてしまう理由や、独居老人の孤独による自殺が多いと思われていたが、実際は…など)
死を見つめることは、生を見つめることなのだなと思わされた。 いい死を迎えるためには、いい生を生きることが大切なのだ。
自分は死体となった時、何を語ろうか。
『死体は語る』
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