活字中毒のワタシの日記

2006年06月06日(火) 近藤 千恵『「親業」に学ぶ子どもとの接し方―親と子はもっとわかりあえる』★★★☆☆

「親業」に学ぶ子どもとの接し方―親と子はもっとわかりあえる
「親業」に学ぶ子どもとの接し方―親と子はもっとわかりあえる
近藤 千恵
新紀元社 (2004/02)

ずいぶん前から言葉は知っていたけれど、「親業」とは何か、が分かり始めたのは最近。分かりたい、実践したい、と思うようになったからだろうか。

親業とは。
「親業は、子どもへの受容を日常生活の中で体現するための手立てを親に提供するものです。」(p184)

コドモとの関係をうまく作っていきたいのに、そうできない自分に、コドモにいらついてしまう。
そんな自分に、ヒントをくれた本。

一章のヒント
愛情は、ものではなく言葉と行動で伝える。

そう、息子は私のプラスの言葉を、心から喜んでくれている。抱きしめるとうれしがる。それはとても大切なことのはず。

二章のヒントは、聞き上手がコドモの心を開くということ。
能動的に聞く、コドモの気持ちになって聞く、気持ちをきちんと受け止める。
それが「しっかりしなさい!」なんて言わなくても、こどもが自ら「しっかりしよう!」と思う足がかりになる。

とはいえ、ぎゃーぎゃー泣かれたら共感できない、その余裕もない、ということはままあります。母、未熟です。

三章のヒントは、気持ちを子どもの心に届かせる方法「わたしメッセージ」。

「あんたはいつもどうしてそうなの!」
ではなく、
「私はそれだと嫌な気持ちになってしまうの」

そして四章では、親子の対立を解決する「勝負なし法」を紹介。

できてることと、とても自分にはできないこととあるけれど、快適な、親子共々のびのび暮らせる関係を作っていくために、できることをしたいと思う。

心に残ったところ。

「また、子どもが、そのように把握された自分の感情を自分の一部として受け入れる事で、自分を受け入れることが可能になります。『感情』を持つことが『悪い』ことではなく、それも自分の一部として認めることーー『感情は親しいもの』であるとの感覚が、子どもの健全な心理的成長を促していくと言えます。」(p68)

「『能動的に聞く』ことは、子どもが悩みの解決の主体者であることを可能にし、子どもの能力を伸ばします。子どもは親を鏡として悩みについて語る、そのことで悩みの姿をみつめ、解決の方法を探ることができるのです」(p69)

自殺防止センターのボランティアをする際に学んだことは、今思えばこれだった。
感情は悪いものじゃない。
たとえ死にたい、という気持ちだって大切。(行為に移すかは別だから)
相談者の鏡になること。相談者はそれによって自ら答えを見つけられる。

「自分が愛されている、自分の存在を親は喜んでいるーー親は自分を受容しているーーこう感じるところから子どもの先進の安定と成長が始まります。問題は、親が子を大切に思っていても、それを子に感じさせられないことがあることです。受容とは、子どものやることを何でも許すことではないことは、今までのところでお伝えしてきました。親業は、子どもへの受容を日常生活の中で体現するための手立てを親に提供するものです。」(p184)

「親に受容されていることがわかったら、子どもは親から離れていくーー何というパラドックスでしょう」(p184)

いつでもこれを忘れないようにしたい。

「あなたは自分の生き方を自分で好きですか?受容していますか?」(p184)

子育ては自分育て。
子どもが自分の生を、生き方を愛おしく思えるようになるために、自分自身もそう思えるような生き方をしていかないと。
受容できる、選択を。

「親業」に学ぶ子どもとの接し方―親と子はもっとわかりあえる



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