hikaru日記

2002年08月28日(水) 犯罪と意識

 いや〜毎日暑いですね〜
残暑とは言われますが私に言わせれば単に夏真っ盛りと言う感じではないでしょうか?
立秋とか誰が作ったんでしょうかね〜
残暑って言葉もまた然り!

 今回は犯罪について!
この前ボ〜っと考えておりました。
ある友人にはボ〜っと考える話題にしては過激だねと言われましたけど…
 そもそも犯罪と言うのは人が人として生きていく中で守らねばならない規則を破ったと言うことです。
罪を犯すと書いて「犯罪」です。
そこで私の考えですがその規則を守れない、人としての秩序を守れない、最低限の人間としての規則を守れない、そんな人間に人権など必要でしょうか?いや、人として認めていいのでしょうか?
私は全て死刑にしても問題ないのではないかと思いました。
死刑反対などと言っている人もいますが、それではあなたの大切な人、友人、恋人、家族…等が何の悪いこともしていないのに殺されてしまったときにも死刑反対などと言えるのでしょうか?
自分の大切な人がある宗教団体に撒かれたサリンによって命を落としてもそんなことが言えるのでしょうか?
 私はテレビで不正や何かの犯罪が出るたびに「殺せ、殺せ」とつぶやいています。
最近はバカバカしくて言わなくなりましたけど。
そんな不正などをやっているのは発覚していないだけでいくらでも日常茶飯事的に起こっています。
そういったことから考えても犯罪=死刑としてもいいんじゃないでしょうか?
そうすれば治安も良くなるし犯罪もグッと減ります。
いい考えじゃないですか?
でも、そうするとどこからが犯罪かと言う問題も出てきますね。
多額の金が動いて余計犯罪が増えてしまうのかな?

 薬剤師という職につくものが考えることじゃないと思われるかもしれませんが別にホントに殺さなくてもいいんです。
人権と言う問題から考えていくと人としての権利全般をなくしてもいいです。
 ま、結局それを取り締まる警察も犯罪をしていたりするわけですし、省庁での犯罪も隠蔽などされいますしこんな国に、なんの期待もしていませんけどね。
BSEの問題にしても中国製ダイエット食品にしても農水省、厚生労働省に期待するほうが間違っています。
恐らく、私の考えでは別に省庁に期待しているのではなく、誰かに責任を取らせたい、気持ちのどこかで自分達の不備を認めたくないと言う思いもあるのでしょう。
「意識しているか、いないかの違い」です。

 最後まで読まれて再度題名を読んでみてください。
私の伝えたいことが伝わったでしょうか?


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