電影の日にYちゃんと観てきました。 この作品は山形ドキュメンタリー映画祭で優秀賞を獲った作品。 (ドキュメンタリー映画祭としては定評のある映画祭。)
台湾地震が起こった時はショックだった。 当時いろんなニュース番組で映像や台湾明星の出演番組で 大震災後の復旧の様子を見たりはしたけど本当のことは よくわかっていなかった。僅かながら募金もした。 台湾は映画も音楽も好きだし、昨年も訪れたばかり。 台湾大震災についてちゃんと知らなければと思い足を運んだ。 作品は私が想像していた以上に受けるものが大きい作品だった。 以下、真っ白な気持ちで観たい人は読まないで下さい。 (OKな人はマウスをドラッグしてどうぞ。)
この作品は呉乙峰導演が台湾大震災後4年間に渡って撮影された 作品である。作品は電車の車窓に映る風景に呉乙峰導演の手紙の 相手に語りかける形で始まる。この手法が作品中要所要所で使われる。 「生命」には4組の人物が登場する。 日本の新宿で働いている間に幼い息子と母が亡くなった夫婦。 震災で家を失い両親の生存がわからない姉妹(震災時15歳と17歳) 震災で次女を失ってしまった夫婦。 両親、祖母、フィリピン人の看護人を失い、次男と彼女だけが生き残った 大学生の女性(彼女は呉導演と同じ大学の学生でもある。) この4組が最初登場してきた時、震災の渦に家が飲み込まれて しまった南投県の山間地域の遺族、遺品探しを淡々と続ける彼らを見て まるで彼らは針でつつくと堰を切ってあふれ出そうなほどの涙を 我慢しているように思えて複雑な想いだった。
スクリーンは震災で家族や家を失ってしまった彼らを映すと共に 導演の入院している父親の姿を映し出す。 導演の父親はかつては獣医でバリバリ働いていて 息子の導演という仕事に反対していたが、現在はそれを 反対する気力も生きる気力もない。 導演が父親に震災の話をした時、父親の口から 『震災が宜蘭で起こればよかったのに』という言葉が出た時は ショックだった。でもその気持ちを否定することは出来ない。
一番観ていて心が痛かったのは一度に家族7人を失ってしまった 女学生の彼女の時。どの人がどれだけ傷ついて、どの人の傷の 深さがどれくらいのものなのかは本人にしかわからない。 ドキュメンタリー作品は時として鋭利な刃物で突き刺すように 傷ついている人の心を更に奥深く抉っていく。 誰にも会いたくないという彼女に対して、導演がその行動を とった時は(導演は彼女と同じ大学の先輩なのでほって 置けない気持ちもあったのかもしれないけど)、なんだか心が痛かった。 (導演としては当たり前のことをしているんだけど、ものすごく ひどいことをしているように思えた。) だから自暴自棄になってる彼女に対して導演が自分の父親のこと を吐露して彼女を説得させた時は少しほっとした。
このドキュメンタリーを観ながら私の後ろの人は泣いていた。 私もいろいろ思うことがあり、涙がこぼれ落ちそうになったけど、 私よりもつらい経験をしながらも、しっかり生きている彼らを 見ていたら泣いてはいけないと思った。
後、このドキュメンタリーを見て人間の中に存在している 再生の力はすごいなあと驚かされた。 もう生きたくないと思うほど精神的にも肉体的にもボロボロ だったのに僅かに存在する自然の治癒力! それによって再生していく。それと同時に有縁という言葉を 思い出した。彼らがまた新しい命を授かったのは有縁だから だと思う。小学校の時に生徒から慕われているT教頭老師がいたのだが 私はT教頭老師がなぜ慕われているのかわからなかった。 特別嫌いではないけど、親しみを感じるタイプの老師ではなかった。 でもその老師が定年退職する挨拶をした時の挨拶は今でもしっかり 覚えている。人生は喜びと悲しみ、楽しいことと苦痛が交互に やってくるとT教頭老師はおっしゃった。だから悲しいことが 起こった時は次にくる楽しいこと嬉しいことを迎える為の試練だと 思うようにとおっしゃっていた。(小学生に話すのでわかりやすく 話していたと思うけど)その言葉はその時から私の中でつらい時、 苦しい時に励ます治療薬というか魔法の呪文の1つになっている。 (なんだかちょっと長い&そして支離滅裂な感想になってしまった。)
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