ジョージ北峰の日記
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2015年06月21日(日) 悪性新生物ーーこの化け物の正体をあばく

この癌細胞のきわだった特性「増強した仕事能力」は圧力に抗して膨張する気体の仕事能力と同様に考えることが出来る。

すなわち 癌の仕事量W=PVc (ここで、P=組織圧、Vc=癌組織の容積)、一方正常細胞の仕事量 W=PVn(ここで、P=組織圧、Vn=正常組織の容積)とすると癌細胞の特性は簡単な

不等式    PVc>> PVn と表すことができる。

これが癌の示す性質の[癌の第一法則]である。


癌細胞の治療を考えるうえで、この第一法則は極めて重要であるが、もう一つ癌治療に影響を及ぼす重要な法則があるので、次にこれについて説明する。


癌に限らず、DNA(またはRNA)を生存のコアにしている生物は、自分のアイデンティティーを一定に保持する能力を有しているが、一方環境に応じて柔軟に変異する能力も併せ持っている。癌の治療を困難にしているのは、後者の性質「変異能力」である。


ウイルスや細菌で、抗生物質に対する耐性の出現が最近特に問題になっている。フレミングに発見され、1941にペニシリンの臨床的有効性が証明されてから、現在までおびただしい数の抗生物質が開発されてきた。しかしどんな新しい抗生物質が開発されても、耐性ウイルスや耐性菌が速やかに現れ、最近では抗菌性の化学物質の開発が追い付かない状況になりつつある。
生物のDNAは下等動物になればなるほど、高等動物に比べて突然変異が起こしやすく、微生物の場合、抗生物質に対しする多剤耐性菌の出現率は極めて高い。


高等動物(生体を形成するタンパク質のほんの少しの歪みでも、生体の生存を危うくする)と違って、単細胞生物の場合、高等動物(多細胞生物)のように生存に必要な複雑な組織を形成する必要がなく、新たに出現した「突然変異体」はその環境にたいして都合さえよければ、即座に選択(不都合であれば淘汰)される。

つまり単細胞の場合、遺伝子構造も細胞構造も単純なため、突然変異に対する許容範囲は高等動物に比べてはるかに広い。

一方高等動物の場合、増殖の過程で受精という過程が介在している為、DNA上のたった一カ所の突然変異でも、それが精子や卵子の生殖細胞に起これば、生命に致命的な打撃を与えることがある。
つまり精子や卵子の遺伝子は受精・発生の過程で、生存に不利な変異個体は選択淘汰されるのだ。

これが高等動物の遺伝形質を安定にしてきた第一の理由であるが、
そればかりでなく高等動物の場合、「親」から「子」への遺伝情報の伝達が、安定に保存されてきた訳は、単細胞生物に比較して「複雑で精巧な何重もの遺伝子保全機構」が存在してきたからである。


しかし、癌のように体細胞に起こる突然変異は生殖細胞にみられる突然変異とは訳が違う。

ウイルスや細菌と同じく、癌細胞に起こる突然変異の許容範囲は極めて広い。


癌細胞の染色体数は70本から80本(人間の場合、正常の染色体数は46本である)、さらに形態でも正常の染色体とは似ても似つかないモンスター染色体の出現を見ることがある(このような染色体構成を有す成体が産まれることは決してない)。でたらめな染色体構成を有す癌細胞の形態(外観)は元の正常細胞に比較しても似てもにつかない「エイリアン」のような「化物細胞」になることもある。

これが癌を悪性新生物と呼ぶ所以である。

一般的に高等動物の遺伝形質は極めて安定で、人からは人、サルからはサルが生まれるが、人がサルに変化することはない(遠い将来は? わからないが)。また生体にあっても腎臓が、肝臓になったり、肝臓が脳になったりすることはない。受精卵から生体が発生する方向は一定で、その逆は(普通の条件)決して起こらない。「生」から「死」への方向は一方向であって、老人が若返り不老・不死になることはない(ここではiPS細胞の話しは一旦保留する)。

この安定性は高等生物が有する精巧な遺伝子保全機構(選択淘汰も含む)に依存してきた。

しかし癌細胞の場合(特に悪性度の高い)この安全で安定な遺伝子保全機構がほとんど完全に崩壊している。
このことは癌細胞の示す遺伝形質(性質)が安定でないことを示唆している。


先に、異なる濃度の寒天培地で癌細胞を培養すると、その濃度に応じて悪性度の異なる細胞が出現することを示した(抗がん剤に対しても細菌やウイルスと似たように、新しい抗がん剤に対して耐性癌細胞が次々と出現する)。

癌細胞は正常細胞と違って「遺伝子構造の変異を束縛する機構」を失い、細菌やウイルスと同じように「自由奔放な突然変異能力」を獲得したのである。

ただし、癌細胞は、窮屈な遺伝子保全機構(プログラム)を捨てた「新生物」であるが、だからといって「運転手のいない暴走車か?」というとそうではない。

このことが「癌の第二法則」に繋がる大切な性質なのだ。

先に挙げた寒天培地を使った実験から得られた結果をさらに詳しく考察してみると極めて興味深いことに気付く。


ジョージ北峰 |MAIL