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みん
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2006年06月24日(土)
棚上げ日記じゃー

会社の人にHDごと音楽を借りてきいてみましたおれんじれんじ。
どっかでリーダーなのかな?の、考えみたいなのがあって、利口でなかったのかちょっと騒がせて見ようとおもったら予想以上に騒がれちゃったのかわかんないけども要するに言い方が悪かったのかね、と思いました。パクリって明言してるわりに言ってることはそんなにおかしくないかんじ。パクリじゃないものをパクリっていってしまったらパクリとして認識されたみたいな。ほかの人間性はともかく、そうしたやり方はごく当たり前のもののように思う。
ただそれとこのみは全く別の話ですが。ロコモーションは私のとても好きな曲なのであれだけ試しにきいてみて「あああんへたくそー!」って思って、じゃあ他のはどうかって言うと聴いてみたら聴こうとしないと聴けない(要するに好みではない)。あとは他の曲に影響を受けたものがぱくりぱくり言われるのはパクリヤロウの汚名が冠になってしまったのと、あとは全然消化も昇華もできてないってことなのだと思うのでした。
一個くらい好きになる曲はないもんかとも思うのだが全部聴くのも疲れるくらい好みではないというかこれといって特筆することのない音楽だと思った……。

*

久しぶりの小劇場。すっかり芝居友達の感のある某さんといってきましたトリィホール。大阪初小劇場だ。わほーい。

こちら

印象としては、「錯綜」でした。錯綜した、ではなく、錯綜を狙った。あとはもうちょっとダイエットしていい。
錯綜については、これはあるていど織目の細かいものではないかと思うのだけど、意図の絡ませ方というか網目がちょいと甘かった。あと、空間を見て演出や動きを切り捨てる、ということ、話を見て不要なエピソードを削ること、テーマを持ちこすこと(絡めることで主題ごとの色が深まることもあるだろうが)
私は創作のメッセージ性を否定はしないけれど、メッセージしかない創作は創作じゃなくて演説と同じだと思っているので。演説はね、金を払って聴いてもらうものじゃないですよ。あれもいいたいこれもいいたい言ってたらただの演説になってしまう。ひとつのことに絞り込んで、それを物語の全体に漂わせる。それ自体を怒鳴ることはできるだけしない。(オイルの、マホ女の台詞は私には例外だろうか。どうしてガムがかめるの?コーラが飲めるの?まだ一年しかたっていないのよ。あれから。)
戦争反対、と叫ばせるのは能がないよね。どちらかというと、今の若者がみんなで戦争反対を怒鳴るタイプの舞台は群集心理とかそっちを描くのに適している気がする。
台詞の端々に作家の言葉が聞こえているのはちょっとね。

あと、作家さんは意外と野田の人じゃないかと思った。(女優にもそれっぽい人が一人。でもこれは、演出の意図を正確に汲み取ってやればこうなるのかも……ここまではむりかな)これは紙国のフラッシュでも思ったことで、言葉の絡ませ方は意識してるのかなというのがあった。ただ、この言葉とあの言葉は絡むことがあるのだけど、野田の場合は別々だったはずのものが最後に収束していったり、ひとつのものだと思っていたものが解体されていったりして、そこにたとしえようのない快感があるのだと私は思うのであった。彼の編むのはただのかけことばではない。

野田も松尾もカミカミだし、西田マエストロがVIPで「練習してもかむ奴はかむ。役者は花だ、パッションだ!」とパッションだけで演劇を語っていてわりと納得したのでかむのには寛大ですがもれなくみんなにかまれるとちょっとさすがに冷めます。かんだあとの「やべ」って空気がなければいいのであろう。

風船は、ギリギリまで「おー、すげー」というだけのものかなと思っていたのですが、ラストの水没シーンをみたときは、「あ、これは風船で埋め尽くしてないとこの場面は成り立たなかったな」と思いました。

けっこうモノローグが多いけど、聞かせるタイプではなかったのは残念。覚えてません。それが本の力なのか役者の力なのかは、覚えていないのでなんともいえない。

すごくかすかに恋愛が混じっていて、あれはすごくいいとおもうのだけど、小川君すごい存在感薄い。もったいないね、キーパーソンなのに説明されたキーパーソンだった。彼の使いかたであの話は三割り増しくらい切なくなったし深刻にもなれた気がする。(理論より感情が訴えるもののはずだ。演劇は理論ではない)

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なんどもかいてるけど、私の中で、アンドレの美しの水(紫)金王丸の「生きていてよかった」は三本の指に入る好き台詞で、それはあそこにあの台詞をもってきた天才マエストロの手腕もさることながら、佐久間さんのあの声が、あの顔が、力ないからだがわたしを泣かせたのだと思っている。(泣いたとも)
で、じつはこってりのサンタでえりさんが叫んだ「どうしてクラウスじゃないの」も、忘れることができない。あれは何年前だろう。あれは間違いなく役者の力だと思う。激しく自分を責める感情。

ストーリーを知らなくてもひとつの台詞だけで人の心に根を張ることは可能だ。
その言葉に、言葉の負う意味を全て与えて吐き出せたなら。



今日それに程近いものを聞けた気がしていて、それで随分得した気になっております。惜しむらくはそれが話の筋に全然関係なかったこと。
やっぱり私の中では本は随分位置が低いのだな。
演出と役者だ。

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なんか身内びいきに近いのかもしれないけど、身内じゃないけど、こってり周辺メンバーはやっぱよかった。あと、あの人はほんとすごい。また役者で見たいなあ。