
min's Rambling words
みん
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| 2005年08月24日(水) ■ |
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| ヤーウェ |
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キリスト教の神の名前、即ちアポクリの下敷きの世界の神でありかつ一般的に「神様おねがい」のときの神さまというやつかと思うのですが。なんか、神の愛が平等みたいなのをネタにしたものを(アポクリに限らず天使モノだとおおむね)しばしばみるのでなんか凄い不思議だったんですが、やっぱりそういう事実はないようです。 神に関係することで私が「事実ではない」というのは「聖書にはそうした記述はない」ということですが。それともこの場合の神はほかの神々なんでしょうか。
どうやら「偏り見ることをしない」という言葉はあるようですが、それは「愛が平等である」という意味ではないと思えるので。
けっこうどうでもいいことですが私がすごく気になっていたのでメモ。
アブラハムとかエノクとかはやっぱり「特に」愛されていたよなと思うし。神の愛は平等なのではなくそれ自体は無条件で、けれどもその信仰やへりくだりの故にほかより多く注がれるということはあったのだろうと思う。ただそれに限らず、「恵み」や「憐れみ」、即ち「なにかの条件の故にではなくただ注がれているもの」を、自分は愛されるにはふさわしくない、愛されているわけがないという判断によって受け取らずにいれば、愛を与えられていても受け取れはしないのでそういうのもあるのかもしれない。イスラエルなんかは自分に価値がないこともけれど愛を受けていることも知っていたのだろう。
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うちのジェイドさんはプラさまを神を愛するように愛しているというマイ設定。 なによりもうつくしくなによりも栄光に満ちなによりもけだかく何よりも聖でなによりもへりくだりなによりも仕えなによりも愛するひと、として彼をみていて、また自分が彼に対してそのようでありたい(全てを捨てて彼に仕えたい、全てのときを彼にささげいつも彼に目を向けただ彼の望むようにありたい)と思っている。
そして今仕えるべき人を持つ彼はいままでのどんなときよりしあわせ。=天使は国家や銀河のゆくさきを任せられるよりもひとりのひとにつかえることをまかされることを至上の喜びとする生き物なので。
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もしかしたら「善人でも罪人でも関係なく愛している」ということを「平等」といっているのを誰にも同じぶんの愛を注ぐものと取り違えたのかもしれない。 でも平等ってそういうことじゃないと思うけどな。飢えた子にも渇いた子にも満ちた子にも一枚のクッキーを配ることを平等だとは思わん。
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とりあえずサイト名のはなしは書きたい、いつか。
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あの「とりあえずほめるときはかわいいっつっとけ」ってなんだっけ。わたしそのひとの本多分好きだったような。でもだれだ。遠い過去なので思い出せない。がゆん?じゃないよね。藍川さとる?内田春菊?大川七瀬?そういえばくらんぷってなんかなまえかわってたね。みんなきらきらな名前になってた……なんだろう。若返ってみたくなったんだろうか。わたし昔の名前のほうが好きだったな…みっくと椿どっちがなまあたたかいかは微妙なのかもしれないが…。きらびやかでないほうがよい。あと慣れ親しんだ名前だし。 それにしてもエンジェリックとヴェーダ以外の完結は全部持ってたんだな……せいしゅんだ。とおいはるだわ。
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なんかやっぱジェイドってえろい?や、ジェイドはゆびとかめとかくびとかあしとかえろいと思うんだけどそういうことじゃなくて……。 わたし……えろいジェイドが考えられなくてなんかすごいふしぎでした(笑) ジェイドってやんのきらいそうだなーと思っているので……。必要のためと抜くためとあとは傷つけるためとか上に立つためにしかやってこなかったんじゃないかしら。そんでだからぷら様にねー。はまるの!(笑)はまれー!!ぐふ。
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こないだのインテでみつけた素敵な方に特攻かけたらみしきさんが応援してくれました。

いや、ジェイドさんが応援してくれました。うふふ。すてき。ときめく。 なんかもっとみんながじぇいぷらにもえまくってかきまくるといいとおもいますよ。 わたしにください。うりうり。
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