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みん
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2005年02月27日(日)
「神はそれを見てよしとされた」

すごいややこしいJ話を書きかけてあって、まえYMでちらっとお見せしたんですけど。
Jが落ちてくるときのはなし。
それはパッションフラワーでやっちゃったのかなあ。
でもこれは事実というより、霊的領域での話といえばそうだから……。

アポクリでは「魔術・魔法」という言葉が主で、霊という言葉をあまり使わない気がするけれど、天使というのは本来霊的な存在であるので私は半ば意地になって霊という言葉を使いますよ(笑)

今日おべんきょしてて、わー、これは書けるかもしれないと思った。
書き上げたところで萌えはないし観念的だろうし(そうでもないのだが予備知識がすごい必要なので)、でも私のなかでジェイはやっぱり天使なので、それを書いてるので。
それは狂って人を襲う、自分を高いものとする、欺瞞に満ちた天使ではなく、ただ本当の天使。
天使というのは天の使いであって、おつかいというのは目的あって使わされるもので、ではその目的とは何か。彼らは仕えるために来たのだ。
すべての事に目的があって意味があって、ではジェイドは何をしに来たのかというときにわたしはカプ要素を抜きにしてもプラ様に会いに来たといいたい。
彼がその顔と顔をあわせて、ジェイドにこういったのだと思いたいのだ。

「あなたにあってほしい人がいます。彼に会うためにあなたはそこへ行きなさい」

それは強要ではなく、ただの正しい道として目の前に敷かれたもの。それは所謂「運命の人」ではなくて。


落下する種子はプラチナから見たこの話だろうかと思う。

種は一度死ななければ芽を出すことはできない。一度死んで、そのことで生きることができる。その命はかつての命とは違うものであって、朽ちることのないものだ。
死ぬことと生きることと。


今日はなんだかすごく必死にノートを取っていて、その中でこの言葉はなんだかショックだった。

――彼らはこのことは理由がないと言っています、それは意味がない、無価値だといっているのと同じです。そしてそれが無意味だというのならそれは私たちが無意味なのと同じです。そこにたどり着いた学者が、哲学者が、自ら命を捨てていきました。生きても死んでも変わりはないのではないかと言いながら。けれど意味はあります、すべての事に無意味はないのです。始まりに意味があったのですから。

理由があるはずなのだと、私はそれを確かに思うのだ。


わたしはJPの人だけど、ジェイドはプラチナに会うために来た、というそれはけして「恋に落ちるため」とかではなくて。
その出会いの中でなにか実が結ばれるのだ。なにかとても価値のあるものが。

結局創作というのはここに帰るのか、それとも私がそうなだけだろうか。
伝えたいことをいかにして、というところに私はいつもやってくる気がする。
いいことなのかは知らない、本当にわからない。
でも私はこれを書きたいと思うのだ。


あと、はじめてパパ上を書きたいと思った。
パパ上は彼に会ったことがないだろうけど、ママ上からなんか聞いてるんじゃないかな。
そして人の形を形作ることを課されたとき、その過程の中で彼のことを思わずにはおれなかったはずだ。