
min's Rambling words
みん
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| 2004年04月28日(水) ■ |
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| Passion |
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英語字幕のDVDを友人が手に入れたのでちょっとだけ見た。
どうだろ。大画面で見るのか。ううんううん処刑はね。処刑は恐ろしいだろうとおもっていたよ。だってこのほねのところに、あんな杭を打ち込まれてさ。あんな、細い革で背を撃たれてさ。はだかで、さらしものにされて。いばらのかむりも、あんな長い、鋭いとげで。 だからそれは覚悟していた。 そういうことじゃなくて。
正直な話。あれはユダヤ人が怒るというものさ。 メシアニックジューはね、自分が殺したと言うこと認めるだろうけれど。 メルギブソンってどこだっけ。血は。 あのとき悪かったのはユダヤ人だ。 けれどそれはユダヤ人は悪だ。ということではない。 この映画はどこか、ユダヤ人で悪を描いている、ように見えた。 祭司たちが彼を捕らえたのは嫉みのため、保身のため。 でもきっと大祭司が衣を引き裂いて怒ったのは、彼は神を愛していたからだと思うんだ。 だから許せなかったんだよ。間違ったとしても。悪者だったわけじゃない。 肉と霊は相容れない。それだけのことだったんだ。
ユダ。かわいそうなユダ。 まるで狂気のなかに突き落とされたように。
きっと違う。きっとちがうんだ。
サウスでは大リバイバルだと言うけれど。最後まで見ることは出来なかった。ああ、たしかに目を背けたくなるようなものだ。 それを君は誰の罪だと言うの。 彼らの罪? 私の罪? それとも自身のと、言うだろうか。 (目を開け。油は用意されているか。目薬はあるか。盲人の手を引くものよ。その目は明るいか) 君は、言うだろうか。
* ぶっちゃけ演出がちょぉ気にくわねえつう話です。そんだけっちゃあそんだけなんかもしんねえよ。ピラトのとこに再度イエスが連れてこられるところでやめた。 一応劇場には行くつもりだし。ただ、どうかなと。 イエスの受ける傷とか、 彼に対しての仕打ち(=受け手の罪)に耐え切れず、と言うことならいいと思う。 ゲッセマネの祈りのあまりの苦しさとかさ。 血の汗を流して泣きながら祈ったと言うしね。
たださ。 なにを見せたいのかな、と思った。 技術は素晴らしいと思うけどね。そんだけだったよ。
日本公開版見たら意見も変わるかもしれません。 きれいなことばいっぱい。変な訳されないといいんだけど。 * 昼の十二時になると、全地は暗くなって三時に及んだ。そして三時に、イエスは大声で エロイ・エロイ・ラマ・サバクタニ と叫ばれた。それは、我が神、我が神、どうして私をお見捨てになたのですか、という意味である。 * 我が神、我が神、何ゆえ私を捨てられるのですか。何ゆえ遠く離れて私を助けず、私の嘆きの言葉を聞かれないのですか。 我が神よ、私が昼呼ばわってもあなたは答えられず、 夜呼ばわっても平安を得ません。 しかしイスラエルのさんびのうえに座しておられる、あなたは聖なるお方です。 われらの先祖はあなたに信頼しました。 彼らが信頼したのであなたは彼らを助けられました。彼らはあなたに呼ばわって救われ、あなたに信頼して恥を受けなかったのです。 しかし、私は虫であって人ではない 人にそしられ、民に侮られる。 すべて私を見るものは私をあざ笑い、唇をつきだし、かしらを振り動かして言う。 「彼は主に身をゆだねた、主に彼を助けさせよ。主は彼を喜ばれるゆえ、主に彼を救わせよ」と。 しかしあなたは私を生まれさせ、母の懐にわたしを安らかに守られた方です。 わたしは生まれたときから、あなたに委ねられました。 母の胎を出てこの方、あなたは私の神でいらせられました。 わたしを遠く離れないでください。 悩みが近づき、助ける者がいないのです。 多くの牡牛は私を取り巻き、バシャンの強い雄牛は私を囲み、 かき裂き、ほえたけるししのように私に向かって口を開く。 私は水のように注ぎ出され、私の骨はことごとくはずれ、わたしの心臓はろうのように、胸のうちで溶けた。 わたしの力は陶器の破片のように乾き、わたしの舌はあごにつく。 あなたはわたしを死のちりに伏させられる。 まことに、犬は私をめぐり、悪を行う者の群れが私を囲んで、私の手と足を刺し貫いた。私は自分の骨をことごとく数えることが出来る。 かれらは目を留めて、私を見る。 彼らは互いに私の衣服を分け、私の着物をくじ引きにする。
しかし主よ、遠く離れないでください。 我が力よ、早く来て私をお助けください。 私の魂を剣から、私の命を犬の力から助け出してください。 わたしを獅子の口から、苦しむわが魂を野牛の角から救い出してください。 私はあなたのみ名を兄弟達に告げ、会衆の中であなたを褒め称えるでしょう。
主を畏れるものよ、主を褒め称えよ。 ヤコブのもろもろのすえよ、主をあがめよ。 イスラエルのもろもろのすえよ、主をおじおそれよ。 主が苦しむものの苦しみをかろんじ、いとわれず、またこれにみ顔を隠すことなく、その叫ぶときに聞かれたからである。 大いなる会衆の中でわたしの賛美はあなたから出るのです。 私は主を畏れるものの前で私の誓いを果たします。 貧しいものは食べて飽くことができ、 主を訪ね求めるものは主を褒め称えるでしょう。 どうか、あなたのこころがとこしえに生きるように。 地の果ての者はみな思い出して主に帰り、もろもろの国のやからはみな 御前に伏し拝むでしょう。 国は主のものであって、主はもろもろの国民を統べ治められます。 地の誇り高ぶるものはみな主を拝み、 ちりに下る者も、おのれを生きながらえさせない者も、みなその御前に跪くでしょう。 子々孫々、主に仕え、人々は主のことを来るべき代まで語り伝え、 主がなされたその救いを 後に生まれる民に述べ伝えるでしょう。 * マルコ15:33〜34 詩篇第22篇
追記:こうきたんお気遣いあんがとー(笑)あたいは気にしねーけどやっぱBBSではよくないかちら!(笑) んー、女性器、ていうか百合って性的な比喩ではよく使われると思うんだけど。女に限らない気もするよなあ。 ガブリエルを女性として表すために百合を持たすのかしら。 それともマリアの女性性を…ええと…百合があったからなんだっつうんだ。
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