
min's Rambling words
みん
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| 2003年09月03日(水) ■ |
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| あんたなんか殺してやるよ。 |
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ふぃれ倶楽でけた。 Φιλεωって書くのね。ふぃれおー。 わかりきっていたことですが白いです。 そんで本になってみるとすごいわかる。生原稿では見えなかった粗さが。 いや見えていたけど見ないふりをしていた粗さが<死 主にプロットの粗さが!!!!<ダメダメ。
うふ・・・・・。 写植で違ってるのがあってちょっと切なかったですが。 …いや、字が汚いのが悪いの…。 半神のときも虚毒と孤独ってつかってたらばっちり全部孤独にされていたし。 あとひきちぎれたがひきちぎられたになってたのかな。 細かいながら。読んでるほうにはたいした話じゃないんすよねこういうのは概ね。
EVA-NAVIは当分かけないような気が。 次は天使ものかな。天使の飛沫じゃないほう…。 ファンタジーとかいうんでしょうか…イワネエ。
クリスチャンになってきたなあ、と思いつつ、自宅にあるいろんな本がどんどんどうでもよくなってきているのにJRの車内でみた「朝のリレー」にがっつりやられた。もう書かないのかもしれないけれど、わたしは。それでも私はこの外側には行きたくないのかも。そして菅野さんの新刊はちょっと待って買うつもりらしい。菅野さんは私から出て行かないなあ。なんでかなあ。ちょっと今日読んだけどやっぱりすきだったなあ。
私の体は顕著でいやになる。
はっきり言えば今回のを読んでみて未熟だと思った。私もだし、全体に。 でも正直、商業的に売られているものよりいいとも思った。 それは書き手が読み手に近いところにいるせいだと思う。 一般の商業出版は書き手も読み手だ。 でも宗教系は読み手も書き手も同じ囲いの中にいて、ターゲットは囲いの外なのに何もしなくても囲いの外の者は来てくれると思っている。 因みに件さんは何もせんでも勝手に来てしまいましたがこういうのはほんとに稀で。 さそっても来ないんだ普通は。
私たちは外へ出て行こう。 攻撃に晒されて駄目になってしまうような信仰は糞喰らえだ。 負けはしない。否、負けるわけがない。 本当に信じているならね。 攻撃から隠れて生き延びたから君は強いと言えるだろうか。 私はそのなかを歩いてゆくよ。そして生き延びて 私は強いと言うよ。 そしてそれは真実だ。
バラバの人たちが映画を作ろうという話に対して、私たちの過去は栄光ではなく恥ですから、それを晒すことなんて、といったら製作側に「あなたたちはクリスチャンで、キリストのことを広く伝えたいのでしょう。そのために自分の恥がなんですか」的なことを言われて、納得して作ったと言うのを聞いた。これに関してはアーメンと声高く言うことができる。えんぴつでもきっと日記書いてるクリスチャンがいるんでしょうね。てか今さくっと追加しまくったけど少ないのー。
大胆になれって 彼は言ってる。
さて、わたしの兄弟達よ。なにはともあれ、誓いをしてはならない。天をさしても、地をさしても、あるいはそのほかのどんな誓いによっても、一切誓ってはならない。寧ろ、「然り」を「然り」とし、「否」を「否」としなさい。そうしないと、あなた方は裁きを受けることになる。 あなた方の中に苦しんでいるものがあるか。その人は、祈るが良い。喜んでいるものがあるか。その人は賛美するが良い。あなた方の中に、病んでいる者があるか。そのひとは教会の長老たちを招き、主の御名によってオリブ油を注いで祈ってもらうが良い。信仰による祈りは病んでいる人を救い、そして、主はその人を立ち上がらせてくださる。かつ、その人が罪を犯していたなら、それもゆるされる。だから、互いに罪を告白し合い、また、癒されるようにお互いのため祈りなさい。義人の祈りは大いに力があり、効果のあるものである。
ヤコブ5:12〜5:16
件さんとのことを話したとき母がずっと言っていたことだ。 否は否、然りは然りといいなさい。それをあなたが間違えなかったから、今起こっているこの素晴らしいことはそのために起こっているのだと。
タイトルは次の漫画の構想中に出てきたことば。 そうだ。私だって死んだんだもの。
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