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2003年06月19日(木)
肥沃な畑

12日の日記の人が、父が牧師なんですといったらじゃあジブンもぼくしさんになんの?と聞かれたので、なりませんと答える。
ああ、そんなにきちっと信じてるわけやないんや。
んー、ていうか、私は牧師の素質はないので
素質とかいんの?
教えるのが下手な人は教師になっても教えられないやないですか。そういうかんじです。
あー、そうなんやあ。


この素質を教会用語で賜物といいます。プレゼントか。天性というやつやと思う。
牧師なんてものは神学校を出れば肩書きはもらえるもので、けれどその人が本当に牧師というわけではない。教員免許を持っていなくても教えることに長けている人はいて、そういう人が本当の意味での教師であるように、ああこのひとは牧師なんやなと思う人がいる。
ちょっとすごい。なごむ。

とししたで、会って間もなくこのひとは牧師になるといいなあ、とぼんやりと望んだ。

正論を吐くことはたやすいけれど実行は困難だし。
正論を渡すことは正しいことだけれど必ずしも正解ではないし。
牧師というのは読んで字のごとく羊飼いで
羊飼いは羊を従わせなければならない
けれどそのまえに羊を守らなければいけない。
羊はその人のそばに安寧を見つけるから彼を信じて彼にゆだねて彼に従うのだ。

だから羊のこころを騒がせる人はよい羊飼いではない。

もっと私に近づいて
もっと私を愛して
私はあなたを愛していてそれをあなたに知って欲しいと願っている
私の愛を知りたいのなら

知りにおいで。

私たちを神の体とする考えがあって。あれですよ。それぞれ別の役割があるのだというはなし。
目は耳に見ることが出来ないのでお前は役立たずとは言えないし
耳は鼻におまえは聞くことが出来ないのでいらないのだと言うことは出来ないという。
そういう考えがあってね。
今日、その子が聞いた話だけどねといって話したこと。
不注意で親指のつめをはがしてしまって
もちろん大層痛かったのだけど仕方ないと
手当てをするために立ち上がろうとしたらあまりの痛さに立ち上がることができなかったと言う話。そんなことは小指のつめでも同じことで知っていることで。彼が言いたかったのは、どの小さな部品も体に必要なのだと思って嬉しかったと言うことだったのだと思うけど
私はそれを聞いたときにひどく申し訳なくなった。
あなたの親指が傷ついて、痛い思いをするのは親指ではなくてあなたなのだ。
私の傷を私が痛がるよりもあなたが
どんなにいたい思いをしているだろう
すまないなあ。
わたしはこんなに痛がっていてはいけないね。
痛がってあなたが手当てをしようとしている。
或いはもう手当てを終えたころかもしれない。

私の土はくろくおもたくぬれていますか
あなたがあのこにそう言ったのでしょうか
種はもう蒔かれていますか

根はかたく土をつかんで
ふかくはってゆくのでしょうか。


ヤコブ2章。

私の兄弟たちよ。わたしたちの栄光の主イエスキリストへの信仰を守るのに、分け隔てをしてはならない。たとえば、あなた方の会堂に、金の指輪をはめ、りっぱな着物を着た人が入ってくると同時に、みすぼらしい着物を着た貧しい人が入ってきたとする。その際、立派な着物を着た人には、うやうやしく「どうぞ、こちらのよいお席にお掛けください」と言い、貧しい人には「あなたは、そこに立っていなさい。それとも、私のあしもとに座っているがよい」といったとしたら、あなた方は、自分たちの間で差別立てをし、よからぬ考えで人を裁くものになったわけではないか。愛する兄弟たちよ。よくききなさい。神は、この世の貧しい人たちを選んで信仰に富ませ、神を愛するものたちに約束された御国の相続者とされたではないか

5節まで。