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みん
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2003年03月08日(土)
断罪を待つ独白の残骸。


*
夜になれば慣れた声が耳に残る騒音を掻き出す
きりきり舞いさせる芽吹きの風の音に怯える僕を守って
近づく体温に怯えを見せて離れることを許さないこの我侭をてのひらに
その優しくゆるむひやりとしたまなざしに肌を粟立てるこの体を笑って
*

書きやすいんだってさ・・・・・。
というわけでこれが腐葉土。うーん。退行現象カモン!!!


モウキテマス。(痛


そもそも種類が違う・・・・・・気がする。
こいつを推敲したとしてこれはしになるのかなるのかなるのかならないかな。

ふしめ。
今日会った子達とはちょっともう会うこともないでしょう。
こどもとのおつきあいがにがてでごめんね。でもけっこう愛していたよ。
てへ。



某書店サイトでしてる書評投稿は、書評を読んだ人が投票をできる仕組みで
いい悪いで投票できる。結果は%で表される。
つまり一人よんで一人いいといえば100%なわけで


今日自分の評が70%位になってるのを見てちょとうれしかったんでした。<ダメダメ

りにゅしたいんだけどな。がんばれみんっちゃんっ!
かふーーーーー。(ぺちゃり。

とりとめなくとりえもなく、みたいな。とりとめのなさに驚愕。ええと今わたしとてもつれづれに打ってるの。そういえば榎田さんの新刊、放蕩息子という言葉をこういう英語で表して、といってるのをみたときに私はうちのにっきのRAMBLINGというのを思い出したのでした。なんとはなしにね。僕も英語はうまくはないから。ほんの少し好きだっただけ。そういえば私の熱はいつもこんな風だ。

同人ジャンルの日記と文芸ジャンル以外はほとんど読まないんだけど、文芸ジャンルの日記はじぶんのうちがわをさらして書いてる気がすごくする。日記というのを日々起こったことを記すものなら文芸ジャンルのはあまり日記じゃないみたいな。日々思うことを記す。日記をそんな風にしてつけ始めたのだ、私は。目標は10年後に読み返して当時の自分を笑うこと。そこに正しいことがあるならそれを思い返すことができますように。えんぴつで書き始めてからノートが進むのは随分遅くなったけど(絵を描くことにとらわれるとすごい勢いでなくなってゆく)あまり変わっていない。だからあのことが起こったのはいつだったかしらと読み返してもちっとも役に立たなかったりする。日記を始めるということを遠くにいる兄に言ったとき彼は、長じて日記をつけ始める人というのは何かを始めようとしている人だ。といった。ちょうど事務所に受かったころだった。安易だったね。あのころは所謂声優ファンで、演技は学んでいなかったわけじゃないけど演技にとらわれていたわけでもなく。今なら違っただろうか。それが成長につながるかどうかではなく、わたしはもっとこのことを努力していただろうか。オーディション会場にいた人たちの演技にひどい驚きを覚えた。なぜこの人たちはここにきてるんだろう。何しに来てるんだろう。そりゃあ素人だからこういうところのオーディションに来るんだろうけど。小学校の国語の時間の音読を聞いてる気分で他の人の声を聞いていた。自分の演技もなんかひどかったけど。ていうかあの本をオーディションに使うってどうなんだろうなあ。あたしも既成のイメージに捉われたけど、あれはそういうのを考えてああいうのを使ったんだろうか。むー。
受かったときもほんと驚かなかった。
高をくくってたところあったんだろうな。授業はとても楽しかった。演技を楽しむなという言葉もそういう考えもあるのだと思うことが今ならできる。

あのときは自分は演劇はただ好きなんだと思っていた。自分がやりたいのが体でする演技だなんてしらなかったんだ。


読む人が少ないであろうことをいいことに愚痴のような日記。10年後にみて笑うことはあながち無理ではない。今も憎んでいるあの男への憤懣も許すことのできない彼女もめちゃくちゃ泣いたあの子のことも彼と別れてひどかったころのこともその崩れた自分を笑って見ることができている。

こうして晒すことを多分恥じて
それからまた笑うのだ、私は。