
min's Rambling words
みん
MAIL
|
 |
| 2002年08月18日(日) ■ |
 |
| クリスチャンなもんですから。 |
 |
すごい速さで未来日記。<爆 15日夜。 メインはAsiahで、Verbalは一曲コラボしただけでした。 Verbal効果絶大。あはー。若い子がいっぱいでした。 ユースおわったら帰っちゃうあたりが。<微 Asiah。彼女の歌はうまかったしすごかった。 でもそれはあくまでも音楽的な話で 彼女の曲にゴスペルは感じなかった。 前に行ったゴスペルクワイヤーコンテストに ゲストで亀淵さんが来てたけど彼女もそういう感じ。 ハレルヤ、とか感謝します、とか言ってるけど それはクリスチャンの常套句だから言ってるように感じる。 だいたい彼女はクリスチャンなのかほんとに。(苦笑) ゴスペルってなんなのよ。 彼女、亀淵さんが歌ってんのはゴスペルミュージックだ。 歌のジャンルにはそれぞれ生まれ育ちというものがあって、 それがそのジャンルの背骨なはずなのだ。 ゴスペルはあのリズムやビートや骨太の声が芯なのではなくて、 神にうたう歌なのだ。福音なのだ。 あれは宗教音楽なんだよ。 こないだレンタルショップで店員お勧めのCDがあってね。 ジャケットに本格派ゴスペルグループとか書いてあったから借りた。 ラブソングばかりだ。こら。 ラブソングの形を借りて神を賛美するという手はある。 が、違う。 ラブソングだ。 縦にしても横にしても逆さに振ってもそれ以外のなにものでもない。 しかも上手くない!!!!<爆 下手なだけならまだしも特徴も魅力もない。 まあそれはいいんだけど。 これのどの辺をもってここは彼女たちのことを本物のゴスペルと表すのか。 下手な歌い手を上手いというのは当たり前なんだけどさ。 演歌をR&Bの真髄とか言ってみるのは反則だろ。 音楽業界ではゴスペルと言う言葉が意味するものが 変わっているのかもしれないけど。 賛美のときに、姉なんかにまだ私は歌をうたっているのだといわれる。 それについて異論はない。そうでないときもあるのだけど 私は歌がそこそこに(ほんとにそこっそこですけど)上手くて、 しかも好きだ。 だから歌をうたってしまうのは仕方ない。 それよりも賛美のほうがよほど気分もいいのを知っているけど。 もう最近じゃそう簡単には(苦笑)
Verbalのエッセイを買う。エッセイって言うか証。 サイン会もしたけど僕は眺めていました。(笑) ファンじゃないんだもん。ぷん。 まだ半分しか読んでないけどおもしろい。 ああ、あなたもアーサーホーランドに。(笑) いのちのことば社。 こういうもんだなあ、と思う。 芸能人とか、ある種のカリスマを持った人がクリスチャンだとして、 彼がクリスチャンだという理由でクリスチャンの大会のステージに招き それで彼のファンをつれてくる。 ファンたちはステージの彼を見に来るのだ。 メインは彼なのだ。 そういうやり方をしている。 彼らはその出演情報をファンに伝えるんだろうか。 どちらにしろ、その方法をいつも首をかしげながら見ている。 自分がクリスチャンだという意識が彼らの中でどれほどの位置にあるのだろう。 ほうっておいても、その作り出すものから かれの言葉から 行動から なにかあふれているのであれば。 日々の中心に神を据えているのなら その作り出すものすべてがそのままゴスペルとなるはずなのだ。 歌であれ 何か他のものであれ。
|
|