| 2004年07月28日(水) |
love / KENJI MIYAZAWA |
かみさまはときどきいじわるで わたしはなかなか、その存在を、忘れることができません
目がさめて風景のあかるさに絶望する そのようなくりかえしで一日をはじめる 眠れば逃げられるけれど いつかは目もさめるから ぽかりと目をみひらいて、うつる世界をぼうぜんとみていて それから段々に感覚が戻ってくると ああまたここに起きてしまった、と つま先や背中やいろいろなところから 一斉に生気が逃げてゆく
(朝がこなくなったらそれこそ本当に世界が終わっちゃうのに)
たとえば今日の日 生きていてくれてありがとう、と あなたに思う 戻ってきてくれてありがとう、と いつでも考える
だけど
これからもずっとずっと生きていなさいとかは あまり、言えない その抱えるものを深く知れば知るほど 生を強制するのをためらってしまう
わたしは現行のくるしみについて何のちからも持っていないし それを無視してでも生きていて欲しいなんて自分の思いをぶつけられるほど あなたに愛されてる自信なんて、持っていない。 愛されていなかったら そんなふうに、わたしは言えない。
ただ遠くからひっそりと見ていることしかできないものの それなりのなまやさしいさびしさとつらさ、 わたしの痛みなんてどれほどのこともない。
こっこの載っている雑誌を買ってきました 文藝の秋季号です、 この雑誌好きなんだ 職場で面倒をみていた資料にもそれなりにたくさんあったから 文芸誌はいくつか見ているけれどなかでいちばん好きだった きちんと自立してくれるところとか 季刊誌、というところがなんとなく好きなんだと思う 表紙がいつもきれいなのも。
ならぶのは現代詩手帖。
別冊太陽なんかも好きだったが刊行頻度が定まっていないし通号表示もないので 整理するほうの身としてはとても苦労だった、大きさが大判でたくさん来るから 棚からすぐに溢れ出しそうになるのも。 広告批評は面白いんだけれど面白いゆえに盗難に遭うことが多かった。
たかが雑誌なのだけれども それなりにわたしは みんなをいとおしんでいたと 思う。あの場所が好きだった。 涙が出そうなくらいに あの場所を好きだった。
えいえいと歩いていた外は たいへんに眩しく、暑く、 わたしはがたがた震えていて それでも寒いと思っていた。 いま、頬を流れていったのは 汗ですかそれとも涙でしょうか 靴を放り出したつまさきをお日さまにあてて しばらく眺めていた、自分の体のなかで唯一 たぶん好きなところだと思う、足首から先のほう。
焦げつくくらいに熱くなった風雨にさらされて白くなったウッドデッキに 影は色濃く落ちていて、ところどころに植え込まれたハイビスカスが 赤やれもんやショッキングピンクの色を日差しのなかに散らしていた 上空をながめやれば嵐の近いしるし、 遠く近く気まぐれな雲が南西に走る。
寝床にて、宮沢賢治を読んだら泣けた。 なにを読んでも涙は出るけれど、 burst into tears なみだっていたみとおんなじつづりなんだよね、と 知ったときにわたしは英語のことを少し尊敬した。
「わたくしという現象は仮定された有機交流電燈のひとつの青い照明です」
この一行をただそのまま飲み込めるようになるまで10年かかったよ、 ただ奇妙な理化学系の単語をさしはさみながら連ねられた 不可解な文字の羅列であった、春と修羅、その詩の群れを わたしはいったいいつからこんなふうにただそのままに 風景として解するようになってしまえたのだろう。 のどを嗄らしながら読みすすめてゆけば つぎつぎに立ち現れて消える 幻想まじりの物語ども。ひきちぎるなみだ、
「ラリックスラリックスいよいよあおく わたくしはかっきりみちをまがる」
ただぽかりぽかりと 灯ってはあっけなく消えていってしまうたくさんの わたしを取り囲む色とりどりのともしびに
どうしようもない痛みを あなたがたはわたしに喰らわせる けれどそれでも 愛しているのだと いつか言いたい
7月29日、ねむられない夜の続きに 真火
引用:宮沢賢治「春と修羅」より、「序」「小岩井牧場パート9」
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