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2003年09月19日(金) フィードバック

 己がここに来るのは、ここに何かを書き記し、綴るという行為は、一種の逃げであり、甘えであり、はけ口である。己が精神的に充足していたり、或いは現実的な問題や物事に追われていたり、そういう時には必要ではない。或いはそれに割くだけの時間がない。
 以前、書くことは己にとって非常に重要で、絶対に必要だと思っていた。でもそれは違うのだ。ここは逃げ場。[顔の見えない誰か]が己を見ていてくれる事の安堵、そのいっそ素っ気無い程の距離が己には丁度良いように思えた。
 己はドロドロとした感情、それらを吐き出すだけの何かがほしかっただけなのかもしれない。友人に吐露するには醜すぎて、恐ろしくて、でも溜め込んでいるのも辛過ぎて、己には書くという事しか思いつかなかった。
 書くことは己を冷静にさせてくれる。悲劇の主人公ぶった飾り立てた言葉や、上っ面の愛の台詞や、そういう諸々の嘘に気付かせてくれる。醒めた頭で興奮して書いた文字を消すと、少しだけ落ち着ける。自分がどれだけ馬鹿なことを考えていたかということを思い知る。


 必要なんだ、この脆弱な精神の為に。


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