さくら猫&光にゃん氏の『にゃん氏物語』
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2004年03月19日(金) にゃん氏物語 葵10

光にゃん氏訳 源氏物語 葵10

斎宮は去年に 御所の中の内裏に移りになる予定だったが色々差し障りが
あったので この秋にやっと入られ 九月には嵯峨の野の宮に移る予定である
二度の御禊の準備に邸の人々は忙しくしているのだが
御息所はぼうっとして物思いに 寝込むことが多かった
邸の人々は またこれを心配して重要視し祈祷を頼んだり色々施す
ひどく苦しいとか 病気とかではないが ただ何となく月日を過ごす
源氏からも欠かさずお見舞いの手紙が来る だが愛する妻の容体の悪さが
自分で妻を訪ねる 心の余裕をなくしている

まだ出産には早いだろうと皆が油断しているうちに 急に産気づかれて
苦しみ始めた 今まで以上の病気の祈祷のほかに安産の祈りも始められた
だが例の執念深い物の怪一つだけが どうやっても動かない
霊験あらたかな高僧たちも これほどの物の怪に会うことは経験が無い
とはいっても さすがに法力に押さえ込まれては 痛々しく泣き苦しむ

少し力を緩めてください 大将さんにお話があります 夫人の口がそう言う

やはりそうでしょう わけがわかるでしょう と女房は言いながら
病床に添え立てた几帳の側に源氏を呼んだ

大臣は 娘がもうだめな容体と思われるので 夫に何か言い置くことも
あるだろうと 座を遠慮した
この時 加持の僧たちが声を低くして法華経を読み出すのが 尊くありがたい

几帳の垂れ絹を引き上げて源氏が中を拝見すると 夫人は美しい姿で
お腹だけが たいへん大きくして寝ていた
他人でも心を動かされ涙する まして夫の源氏が惜しく悲しく思うのは道理だ

白い着物を着て 顔色は病熱ではなやかに 豊かに長い髪は束ね添えている
美しい人がこんなふうにしているのは優美な点が加わり最も美しく見えた
源氏は妻の手を取り 悲しい事です私にこんな苦しい思いをさせるのは
と言って多くを語ることができずに ただ泣いている

普段は源氏に真正面から見られると きまりが悪そうに目を横にそらすが
今はその目でじっと夫を見つめて涙をこぼす
その様子を見て源氏が深い情愛を思う
残していく両親のことを思い また自分を見て別れ難いだろうと源氏は思う

そんなに思いつめないで まだ大したことではありませんから
万が一の事でも来世で必ず逢えます 両親も縁の結ばれた者は必ず逢えます
そう源氏が慰めると

いえそうじゃありません 私は苦しくて堪らずに 少し休めて下さいと
申そうと思っただけで こんなふうにこちらに参上しようとは思わなかった
物思いをする人の魂は 本当に抜け出ていくものだったのですね
そう なつかしい調子でそう言った

嘆きわび空に乱るるわがたまを結びとめてよ下がひの褄
悲嘆に耐えかねて抜け出た私の魂を結び留めて下さい着物の下前の褄を結んで

という声 雰囲気は夫人ではなく すっかり変わってしまっていた
怪しいと思って考えめぐらすと 夫人はすっかり六条の御息所になっていた
源氏は今まであきれて 人が色々噂しても くだらぬ人の言い出した事と
無視して否定してきた事が眼前に事実となって現れている
こんなことがこの世にあるものだとは人生が嫌になる 源氏は嫌だとは言わず

そんな事を言っても貴方が誰か分かりません はっきりと名を言いなさい
源氏はそう言った後 その人がますます御息所そっくりに見える
あさましいという言葉では言い足りない悪寒を源氏は覚える
女房達が近づく気配もこのことを知られるのではないかと気が気でない


さくら猫にゃん 今日のはどう?

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