ジンジャーエール湖畔・於
目次|←|→
霧の摩周湖との出会いは、台場のテレコムセンターの大きくてハイテクな感じのビルの中だった。 どうしてぼくも摩周湖もおよそ関係なさそうなそんな場所にいたかというと、 ぼくたちはそこで都知事選についての世論調査のための一週間のアルバイトとして集められていたんだ。 「現在の小泉政権をあなたは支持しますか?」「あなたが支持する政党は次のうちの何番ですか?」 なんてことをぼくを含め20人ほどのアルバイタ−が無作為にリストアップされた電話番号にかけて繰り返し質問しまくってた。 摩周湖に気づいたのは3日目だった。 彼女はぼくのななめ前の席で長い髪の毛を束ねていた。(電話をかけるのに邪魔にならないようにだと思う。) ぼくが電話をかけている最中、彼女の声はしばしばぼくの耳にきこえてきた。 ラ行が苦手みたいで、「そレでは・・・」とか「こレかラの」なんていうのが妙ちくりんだった。 やがて3時の休憩の時間になった。 なぜかその日はアルバイターたちに差し入れがあってチーフにぼくはそれをみんなに配るようにいわれた。 名瀬というぼくと同じ大学の男もいっしょに配った。 差し入れには2種類あって、どちらもコ−ジーコーナーで、エクレアかシュークリームだった。 ぼくがシュークリームをもって、名瀬がエクレアをもって、みんなに配っていった。 摩周湖の前にきたとき、彼女は丁度手鏡をのぞきこんでいた。ぼくらに気づくと 「さかさ睫毛って手術で治るんでしょ?」なんて言って笑っていた。 「今日はおやつ付きかー。あたしモンブラン好き。」 なんておどけてる彼女に、名瀬は言った。 「モンブランー?ないからって。まじ、ごめん。シュークリームかこれ、エクレアなんだ。どっちがいいですかー?」 自分のもってるエクレアとぼくのもってるシュークリームを指さした。 そしてこんなことを言った。
「てゆーか、どっちの男の子がいいですかー?」
彼女は小さな声で、シュークリーム。と言った。
名瀬は、げぇっ!と舌打ちをした。
ぼくはボキッと指を鳴らした。
彼女は、パチパチと2回瞬いた。
これが ぼくと霧の女、摩周湖との出会いだ。
|