過去

2016年12月22日(木)

意地悪をされても、それと認めるのは難しい。
そんな筈のないものまで有り得ないのに含めて、気の所為かなとか、
ふざけているだけかなとか、自分に悪いところがあるのかなとか、
ちょっと離れて見れば卑屈にも思えるのに、改善出来たら受け入れて貰えるかなとか、それぞれ思おうとしてしまう。
いちいち挫けたりしないように。前向きに捉えて前進出来るように。
でも結局耐えられなくなる。
でもと言うか、無理して見ないようにしているだけで、本当は気付いている所為?
悪意を向けられているのかも、たとえば、単に、嫌われているのかも、とかって。
わたしに悪いところが一切ないとわかり切っているなら切り捨ててしまえるのに。そういうところははっきりしているつもりなのに。
それとも一切意地悪をされたくないというのが不遜なのかな。合わない人なら当然なのかな。

認めようとしないのは、自分の現実と向き合っていないということかもしれない。
どういう風にしたら良いのかな。
すぐに浮かぶだけで、小学校、区の舞台、初バイト…、昔から、外に出ると、きっとずっと、出来ていないことだ。
大丈夫なこともあったけれど、それはたまたま恵まれていただけ?
上手くいかないと、やっぱり、そうだよね、わたしはそういう人間だったよね変わってなんかいないよねって、思い出す。

バイトを辞めることにした時、先輩のひとりが、自分の言動のフォローをするみたいに焦ってた。
ああこの人は、後ろめたいんだな、自覚があったんだなって思った。
辞めることにした後だから、もう終わったことだった。
バイトのことは、いつの間にか漸く過去になっていた。
意識的に思い出しても大昔のように、わたしじゃない別人のように遠くて、暫く前に降った雪にも、へんにバイトを思い出さず、もう平気だった。

…なんか、いい年をしてこんなこと書いて、未だ青少年みたいだ。



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