ゼロの視点
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2004年07月25日(日) ドーパミンな日々

 母のことで奔走し続けた一ヵ月半の日本里帰りの日々。そして、フランスに戻ってきたのが6月25日。それからようやく一ヶ月が経過した。実に、あっという間の一ヶ月だったように思う。

 フランスに戻ってきた直後に、母が悪徳訪問業者にひっかかり、そのクーリング作業などに追われ、と同時に一ヵ月半の不在とストレスでちょっとギクシャクした夫婦関係の修繕、色々と処理しなければならないことなどが同時に発生・・・・、まるで10枚ぐらいの皿を同時に回し続けるような生活。

 
 なかなか、濃かった・・・・・。

 
 ドーパミンが出まくってたような気がしてならない。


 問題察知、ないしはそれの見通しをたて、対策を探す。そしてその問い合わせや、心理作戦を考えて、行動に移し、できるだけ早く結果に到達する。ってなことが、この2ヶ月の間、私のアタマ活動のメインになっていた。なので、そこには、“効率”を挙げようとするのが最優先という私に対して、“効率”というものの考え方が違う非日本人の夫と真っ向からの対立、が避けられなくなる。

 しかし、これは非日本人ということだけではないということも気づいている。よくいえば、オトコとオンナの違いとも推測される(汗)。

 子育て真っ最中の夫婦などには、こういった問題がたくさんあるんじゃないか?、等と思われてならないことがある。母になった妻が、子を育ながら
日常生活を悪戦苦闘しながら成り立たせていく姿は、まるで皿回しをしているようだ。

 そこに、取り残される夫というオス。時には例外もあって、色々と皿が割れないようにさりげないフォローをしてくれる人もいるのだろうが・・・。

 夫のほうは、突然、妻の生活運行速度が時速50�舛世辰燭里�、200�舛泙脳緇此�そんなスピードを感じつつもギアチェンジしきれずに、オロオロ。そして、そこに妙な罪悪感が発生して、妻の一言一言に過敏に反応して、それが喧嘩に繋がっていく・・・・、ってな感じ?。

 おまけに、物凄い勢いで走っているのだから、妻は夫のことを構っていられない。そう、そんな余裕などないのだ。効率最優先の妻には、夫が付け焼刃のやさしい言葉など、効果はない。妻が欲しいのは、実生活に役立つささやかで、能率のよい支援だったりする。

 で、しばし効率を最優先するばかりに、夫のちょっとズレた支援を無残に却下しまくるうちに、夫のほうはだんだんとうなだれていく。ここで夫を誉めておけば、またやる気になるのだろうが、頭でわかっていても、なかなかできることではない。

 ボケ老人への対応も、本質は同じようなもの。叱るより、見逃せ。却下するより、受け入れろ。ってわけだが、これが実に難しい。というかわしにゃあ、不可能に近い。子育ての本質も、恐らくそんなものだろう。

 いずれにせよ、自分以外の親しい他者との生活、およびその世話というのは、俗に言う正論を超越した、“自分のキャパシティーを拡大させていく闘い”というものが存在するのだ・・・・、とつくづく思う今日この頃。つまりは、広い意味での寛容性と柔軟性。

 他者を責めることは本当に簡単。また、悩んでいる人に正論をぶつけて、“我こそ人生の勝者なり”と威張りつづけることも非常に容易。“〜すべき”と、第三者が簡単に言うアドバイスなんてのもあるだろうが、人生の問題ってのは、“〜すべき”だったことが難しくなってきた時点で、発生するのが常。

 誤算こそ、人生。

 また、誤算をなるべく避けたいと思うのが人間の本音。

 だから、人生に誤算が発生すると混乱する。

 PCだったら、フリーズしてしまう、と言ったところだろうか?。

 誤算という言葉は、不条理という言葉にも置き換えられるかもしれない。



 私にとって、6月がピークだったとすれば、現在の日常生活運行速度はようやく落ち着いてきたように思われる。と、同時に、気がついたら夫のほうの運行速度が少し上がってきたともいえる。が、どうにか2人一緒の運行速度に落ち着いてきた。

 また、母のほうも気分的に落ち着いてきた感じが電話で感じられる。ま、新しい生活(介護保険サービスにサポートされた日々)に徐々に慣れはじめてきたのだろう。

 母の新生活が始まったのが、6月25日でもあった。それは、私のフランスへの帰国日だった。その時、一ヶ月も経てば、落ち着くと強く自分に言い聞かせていたものだったが、実際には何度も心が揺れた。

 本当に落ち着くのか?、もしそうじゃなかったらどうしよう?、等とネガティブな感情が油断すると襲ってくる。これが非常に厄介だ。

 しかし、自分を含めて、他者ではなおさらのこと、自分が思う通りになど結果を期待できないと、常々言い聞かせ、モヤモヤとネガティブな気分が襲ってきた時は、思い切り気分転換するように心掛けてきたのだが・・・。


 

 本日たまたまやってきた友人Eが、私の顔をみて、“すごくいい顔してるね、なんだかスッキリしてる”と言ってきた。これも、私にとっての人生の難題の最初の一山をクリアーした証なのだろうか?。そうだったら、嬉しいものだ。

 そんなEも、人生の暗い日々をひとまず乗り越えて、生き返ってきたひとり。気分転換に一ヶ月ほどバカンスを過ごしてきて、真っ黒に日焼けしたEの笑顔は、つい六ヶ月前の彼の表情とはまるで違う。彼の人生の十字架は、私のソレとは比べ物にならないほど、重いものなのだが、こうやって生き返る人を目の当たりにするだけで、元気がもらえるのは嬉しいことだ。

 私も週末にはバカンスへ出発する。バカンス先からも母に電話したり、ケアマネージャーと連絡とったりする日々は続くだろうが、思い切り気分転換して、次の山に備えようと思うゼロでした。


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