Miyuki's Grimoire
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2004年11月08日(月) パリで出会った神

大きな波動調整をするとき、わたしはよく高熱を出して倒れる。

去年から今年にかけて、これで3回目。2005年に向けての準備だということはわかっているけれど、ミュンヘンからの経由地、パリでいきなりダウンしたのには自分でも驚いた。夕食に食べた生牡蠣にあたって明け方2度起きて吐いたけれど、辛かったのは、そのあと、急に寒気をもよおし、一気に熱が上がって倒れてそのまま動けなくなってしまったこと。あ〜、来るな、来るな、と思った途端に倒れた。身体が痛みだし、声も出ない。そのまま唸って朝を迎えた。飛行機に乗れる状態じゃないので、エールフランスに電話をして、飛行機の便を変更してもらった。変更してもらったはいいけれど、その後もまったく起き上がれず、結局、その便も見送ることになってしまった(泣)。

パリは小さな領域にエネルギーが集中する場所だけに、東京以上に光と闇が混在している。パリに着いてから美しくロマンティックな町並みとは裏腹な、接する人々の心の余裕のなさに焦りを感じてしまう。人を疑い、適当な嘘をつき、その場をしのいで生き延びている人ばかりが目につく。パリには2泊する予定だったので、次の日に町の中心から南へくだり、パリ一番の高層ビル、モンパルナス・タワーに上って、イメージのなかでパリの天辺から街全体に光が降りてくるのを見ていた。


昏睡状態でまる2日たった。吐き気はもうしない。熱も下がったが、身体のあちこちが痛む。起きてエールフランスに電話をかけると、さらなるフライトの変更には、医師の診断書が必要だと言う。仕方なく、病院を探し、にのさんにつきそってもらって行くことにした。30分後、問診のあと血液検査をして、ベッドで寝かされること3時間。結果は胃腸炎で特に問題ないという。よって、薬もなし。えっ、問題ない? 点滴打たれると思ったのに。一応、飛行機のために数日間安静、という診断書をもらって帰ったが、なにも問題ないとは、この2日間はなんだったんだろう? 

けど、2日間なにも食べていなかったせいか、病院を出る頃には意識が断食状態に切り替わって、すごくいい感じだ。気分がすっきりしている。その夜はぐっすり眠って安静にしたおかげで、翌日目覚めるとだいぶ元気になっていた。まだ物は食べられないけれど、動ける! 帰りの飛行機は夜11時の便なので、モナリザを観に行ける! モナリザ、憧れの女性。3年前にパリに来たときは、時間がなくルーヴルは諦めたのだった。今回やっと念願のモナリザを観ることができる。

思えば、この2日間がモナリザへの準備であることに、あとになって気づくことになる。

ルーヴル美術館に入ってから早々ににのさんとはぐれてしまう。まぁ、どこかで会うだろうと思いきや、そのままはぐれたままモナリザの前に来てしまった。そこだけはやはり人だかりで、なかなか見えない。前のほうへ移動して観る。第一印象。暗い。暗すぎる。よく見えない。照明が暗いのではなく、絵が暗い。よく観ようとして右に左に動いて観る。やっぱり暗い。と、そのとき、ふとした拍子にモナリザの右目を観た。わたしは絵の左前に立っていた。この角度から観ると、目が合う。目が光った。えっ?「その人」が話しかけて来た。「よくここに来ました」。すべてを受容する微笑み。すべてを包み込む微笑み。これは太陽? すべてを包み込む微笑みのような太陽。すべてを受容するのは太陽の性質? 一瞬考える。太陽は与えるだけでなく、育み、受容する。何を? 太陽はチャージする。光を与える。そして地上で成長し帰って来たエネルギーのすべてを受容する。強大なパワー。それはモナリザの内側に秘められたものだ。強く、慈しみ深く、そしてすべてを受容し、与える。史上最強の女性。圧倒的ですらある。愛とか、そういう言葉では表現できない。愛はあくまでもベースの要素であり、表に「愛です」という形では出てこない。にじみ出るのは優しさであり、慈しみであり、包み込む温かさである。この太陽は、我々の太陽ではなく宇宙のセントラルサンだった。

形もなく言葉もない、最初からそこにありそして永遠にあるもの。どれだけ失われてもすべてを与え給う。悲しいという感情は彼女にはない。

突然、この人は神だ、と思った。ダヴィンチは神を描いたのか!?

モナリザについてはいろいろな解釈があると思うけれど、詳しく知らない。けれど、ダヴィンチはあるとき、神のリアルなイメージに触れて、これを憑かれるように描いたのではないだろうか。神は、光っているわけでもなく、玉座に座っているわけでもない。はっきり言って神々しいという言葉とはほど遠い。なぜなら、神はすべてだから。今でありながら永遠であり、一つでありながら全体であり、光であり闇であり、女であり男であり、そして宇宙そのものだから。ダヴィンチは宇宙の神秘に精通していた人だ。ひょっとしたらあり得るかもしれないと思った。

もし、モナリザの顔した神とパリの街角で出会ったら、わたしは顔を上げられないだろう。

けれど、面白いことに、モナリザというひとりの女性も、人々が送り出したこの人物への想像によって実際に絵の中に生きており、彼女は絵から飛び出して動きたい気持ちでいるらしかった。生命の気配の感じられない絵の中の幻想の世界から、この現実の世界へと大きくジャンプしてディセンションしようとしていた。「ここに光の輪を創ってください」絵の中の女性は、その光の輪を通して、この微笑みを解放したいという。

わたしは少し離れたところから、この絵の周りに大きな光の輪をイメージして、天使達から見えるように祈った・・・。



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