Miyuki's Grimoire
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2002年11月07日(木) いのちのホピ

[Photo Gallery]コーナーにホピ族の村の写真を公開するにあたり、書いておきたいことがある。ここに掲載した写真は、第1メサ・ワルピの村の入り口付近で撮影された。村のなかは一切撮影が禁じられているため、どこを探してもホピの村の様子は、アメリカ開拓時代(19世紀)にイギリス人学者が撮影したモノクロフィルムがもとになって作られたポストカードや写真集以外では見ることができない。また、彼らの生活の様子もほとんどが知られておらず、日本でわずかに見つけることのできる文献も、すでに30年も前のものでしかない。
ホピは農耕民族で、現在も四方を広大なナヴァホ・インディアンの居留区に囲まれた小さな保留地の、メサと呼ばれる平たい山のてっぺんに住んでいる。写真を撮らせない理由は、もちろん伝統を守るためだ。メサをおりた道路沿いにはスーパーマーケットがあり、ホピの子供たちはアメリカ流の教育をおこなう学校へスクールバスで通い、村にはテレビのケーブルもひかれ、村の観光案内所では、村を1周する約1時間の観光ツアーも行なわれている。しかし、彼らは、写真を撮られることは絶対に許さない。それはなぜなのだろうか?

半砂漠化した辺境の地に定住することで「アメリカ流」を拒んできた彼らだったが、生活スタイルのなかに「経済活動」が入りこむことはさけられず、この100年ほどの間に中途半端に「アメリカ化」してしまった。結果、かつてはすべてが土に還ったのに、いまでは決して土に還らない廃材や壊れた車や空き缶などが村にあふれ、単に不要物として無造作に捨てられている。無形の文化はどうだろう? 神業とも呼ばれているホピの伝統工芸・木彫りのカチーナやシルバー・ジュエリーは、観光客に売られて重要な「収入源」となっている。もちろん染料は絵の具で、食器を洗うのは、ユッカの葉の絞り汁ではなく、合成洗剤だ。もはや「伝統」は、風前の灯火である。

「写真を絶対に撮らせない」という姿勢は、いま、伝統を失いつつある彼らが、民族の歴史と精神に対して守れる最後の砦のようなものなのだろう。

村のなかをツアーしているとき、ある1軒の家から食べ物のにおいがしていた。案内所のガイドに従って家のなかを見せてもらうと、とうもろこしの揚げパンがテーブルの上においてあった。玄関口には砂漠特有の赤く乾いたとうもろこしの実がほんのひとつかみほど、置かれていた。彼らはひとことで言って、とても貧しい。こんな荒涼とした土地の上にひっそりと暮らし、たとえ伝統が風化されていく運命にあったとしても、それを受け入れながら人々は生きている。そのとき、ふと思った。彼らは時にはコカコーラを飲みながらも、とうもろこしの実をすりこぎで擦って、小さな実りにきっといまも感謝しながら生きているに違いない、と。なぜなら、人が生きている限り、生命はめぐっていくものだから・・。

たった数枚の写真で、しかも村の入り口と外の風景しか写っていませんが、なにかを感じていただければと思い、掲載することにしました。すべての人がこの地球の上で、幸せでいられますようにと祈って。


miyuki