ハニワ在ル...はにわーる

 

 

軽きに泣きて - 2003年02月13日(木)

あっという間に鹿児島を離れる日が来た。

立ち寄った叔母宅が留守だったり、
飛行機が欠航で遅い便に振り替えられたりして
結局なんだか長々と母親と過ごす。


1年ぶりとて驚くほど変わったこともなく。
父も母も悪いところもなく、年齢以上に老けることもなく元気で。
(なんせ仕事が忙しくて滞在中一日と家にいないくらいだったのだ)

それだというのに、ちょっと真面目な話なんかしちゃったもんで
帰りの飛行機では独りぼろぼろ泣いてしまったのであった。


去年「30歳になるまでに結果が出なかったら諦める」と言って
ワタシは新しい目標を追うべく九州を出た。
その時「結果が出ずとも九州には帰ってこなくていい」と
親はワタシを突き放したのに。


今度は、なんの前置きもなく「駄目だったら帰ってきてもいい」と言った。


ウチは、子離れも親離れも妙に早い醒めた家庭だった。
でも、それは全部ウチの親の強がりで成り立っていたのだ。

…その親が、だんだん強がれなくなる。
年月は容赦なく突き進んでいるのだと思い知らされる。
背負ってみたでもないのに、3歩も進めない気持ちになる。

それでも「頑張んなさいよ」と言うその親を置いて、
また東京へ出て行く自分。
まだもっともっと、死ぬ気で頑張ったっていいんじゃないか?

なぁ。


-



 

 

 

 

もくじ
 

文投げる