だから猫が飼いたいのに・・

2008年03月06日(木) 本「人格障害かもしれない 」

磯部 潮 光文社新書  2003年

かもしれない、といタイトル通りなのですね。
人格障害、て文字を見るとドッキリしますが
極端にいえば、誰でもある欠点とか特徴がよりキッパリ表れたり
問題になったりすると、障害になる〜という風に受け取りました。
簡単に言えば、生き辛い人。
私も10代のころはそうだったと思います。

芸術家や犯罪者についての考察に出てくる
このような生い立ちの人が必ず、こうなるとは限りません。
あくまで、素養に環境が加わったためと書いてありまして、
それも納得すると同時に、心の病や犯罪などは
決まりきった型もないと思いました。

それほど長くもない人生ですが、そこそこ生きて、
いろんな場所に行くといろんな人に出会います。
それぞれみんな個性があって、誰一人同じ人はいません。
普通とかまともというのも、人によって感じ方も違うから
決めることはできないと思います。
結局は、自分にとって都合がいいか悪いかなのだと思います。

大抵の人は穏やかに安定した生活を望むと思いますが
それを望つつも、そうできない人もいます。
それが行き過ぎると、この本に書かれたような様々な障害になると思われます。

時々、周囲を自分の勝手で振り回して、悪びれない人が現れますが
案外振り回される人も、どこかで、それを是としているのではないかと思います。
それか振り回されていることに、迂闊にも気付いていないか、
そのうち、相手がやめてくれるだろうとか、他力本願だったりするのかもしれません。

この本にも書かれているように、他人との距離を適正にとっていれば問題ないと思います。
激しい言動や行動の人に、惑わされることなく、自分を曲げ過ぎないことで回避できると思います。
相手に翻弄されないことは、相手を救うことにもなると思います。
エスカレートしないことです。
まあ自分の激しさに、乗ってくれなくなったら、
乗ってくれる人を探しに行ってしまうかもしれませんが。
それが寂しくて、ついつい乗ってしまうことが、
相手をより問題行動に拍車をかけるのかもしれません。
共存関係ですね。

そんなことをシラっと書いている私も、いろいろあったからこそそう思えるのですが。
他人の相談に乗ること、親身になることって、諸刃の刃なんだな〜と思えた今日この頃です。

人を変えることなんてできません。
自分を変えることはできます。
自分を助けることができるのは自分だけなのです。
それさえわかっていれば、しめたものだと思います。

巻末にかかれていること。
「人格障害の人は生活する上でいつも自己不全感を抱いています。
それは彼らの言葉を借りれば「淋しい」「虚しい」という表現になります。
彼らはこの「淋しさ」「虚しさ」を払拭するために、どうしようもなく
「何かをしなければならない」という強迫観念に支配されています。
それを埋め合わせるためには対人関係の揺らぎの中に飛び込むしかありません。
それは親しい人との共生的な関係の構築だったり、他人を自分のために
利用したり、他人への攻撃だったりします。
それが肥大化すると。人格障害者の人は自己破滅の方向へ向かいます」

しかし、対人関係の激しさは、「年を取ると丸くなる」に当てはまるので、
「破滅しなければ」「自殺しなければ」安定します。あるのも興味深い。
エネルギーの枯渇=老化。

老化は穏やかな暮らしのために訪れる幸福かもしれません。
若さ故の過ちってことになるといいですよね。
いや、最初から過ちもない方がいいのですが・・・


人格障害かもしれない (光文社新書)


楽天↓


 < これまで  目次  これから >


美功 [MAIL] [HOMEPAGE]

My追加