ちくま2006.4月号の「ネにもつタイプ」50 岸本佐知子 の「部屋のイド」を読む。 人様の汚い部屋を鑑賞することが密かな趣味という作者が過去に実際に見た汚部屋のことが書いてあった。 汚い部屋はいつもファンタジー、人間の築く蟻塚、脳内の小宇宙と思し召し、鑑賞を愛好していながら、実際の汚い部屋には1度しか目にしたことない、そんな彼女の汚部屋体験記。 大学の同級生の男子の部屋はやはり内面そのもので、超自我、自我、そしてイドになっていて、イドを片付けたときに同級生が! となかなかスペクタクルなんでした。 でも、その同級生のいいところは恥らう気持ちがあったところかもしれません(本人は辛いかもしれないけど・・同級生から部屋の片付けを頼まれて数人で向かったその部屋を見たとき、同級生が体をくねらせるところなんて、恥じらいが出ていて好ましい)
私はこの手の話を見聞すると思い出すのが、私が踏み入ってしまった知人の部屋。 (以前にも同じことを書いたような気もする。どう?) 同じ趣味で知り合った少し年上のフリーターの彼女の部屋。 それは勤めている喫茶店のオーナーから格安で借りていると思われるマンションの一室。 もう10年以上前の話ですから、はっきりとは覚えていないけど、広くて、割と新しいであろうその部屋はオーナーの荷物もおいてあったけど、1人で暮らすには十分なスペースがあった。 彼女は仮の住まいであろうからか、荷物もとくになく、机と日用品などは台所にあり、殺伐とした雰囲気でした。 そして何より、本当に汚部屋だった。 カーペットはその人のかどうかわからないけど、頭髪でうまっていたし、糸くずもあるし、直視はできかねた。 そしてそしてお昼ご飯を作ったから食べようといわれてやってきたのですが、出された器というかザルに盛ってあったのですが、そのザルはカビが発生して、黒ずんでいました。 お箸は不揃いな割り箸のようなもので、もちろんそれにも・・ そしていやな予感のトイレもまさに、予想通りいやそれ以上で・・ 絞った雑巾がカピカピになって、山とつまれていたのとか、空になったシャンプーのボトルも屍累々といった感じで、とにかく逃げ出したかったのですが、この期に及んでも、急に帰るとか言い出したら相手に失礼なんじゃないかと思ってしまい、ひたすら苦行に耐える僧のように、もろもろを我慢しきったのでした。 我ながら、えらい!今までの我慢の中でも出色だったかもしれない。
でも部屋も怖いけど一番怖いのは、その彼女の心模様だ。 さっきの作家さんの同級生には「部屋が汚いから掃除してほしい」「こんなに汚い部屋で恥ずかしい」という理解できる感情が見えたからそんなに怖くないのですが、私の知人にはそれがれがまったく欠けていたと思われます。 部屋が汚いよりは綺麗なほうが断然いいと思う。でも私もそれほど片付け上手じゃないし、乱雑にしているので、他人の部屋をどうこう言える立場ではないのですが、 でも、汚い部屋を他人に見せようとは思わないなあ〜。最低限、片付けてからあがったもらうと思う。 見栄っ張りといえばそうかもしれないが、でも相手が私のように我慢しなくてはならないとしたら、部屋に入れないのも思いやりな気がするのですが。 あの部屋さえみなければ、彼女はごくごく普通のよい知人だったんですが・・しばらくして趣味のほうも下火になったので、疎遠になって今はもう消息不明なのですが。 でも、あまりにも汚かったので、三角巾、割烹着、マスク、ゴム手袋と完全防備で、思いっきり掃除したらすっきりしそうだな〜とかしばらくの間、夢想していました。
それから数年後、仕事先の関係者のお部屋を片付けるように頼まれて、行ったこともあるのですが、そのマンションは老夫婦がやはり仮の住まいとして使っていたのですが、汚いというより物があふれていた。 年末という時期、地位の高い人だったせいで、お歳暮がうずたかく積まれて、部屋を占拠していた。 老人二人暮らしということを何の考慮もせずに、送りつけてくるものだから、生物が腐り始めていたり、やたら重い缶詰めとか「お世話になったお礼」といいつつ、迷惑を送っているような気がして無残だった。 贈り物って本当に難しいと目の当たりにしたのでした。 以前、お中元とかお歳暮の量がすごいのが、離婚の原因の1つとして語られたタレントの奥さんがいたと思うけど、気持ちはわかる気がしたのでした。 私も1人だけお中元、お歳暮と贈っているけど迷惑じゃないか、ちょっと心配。でも毎回心のこもったお礼状が届くので、大丈夫かな〜。
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