| 2005年12月21日(水) |
感謝される集大成:仕事とは? |
最近よく感謝される。褒められる。 今の職場に入って、ずっと続いている事柄ですが それにしても、いよいよ褒められる。
給料もらっているんだから、当たり前の働きをしていると思って 感謝されると不思議な気持ちでいたけど そして、私の仕事能力が特に秀でているわけではなく 周囲があまりにもひどい有様だから、比較対照で良!とされていると思うのだが、
まあ、結局能力のあるなしではなく やる気のあるなしを評価されているってことですね。
私だって楽していたい、本来なまけもの。 でもそこまでサボれないだけっすよ。 なんかバチ当たりそうで。。
白石千加子さんの本を読んでいて 「職場に上司がいるときだけ掃除して、あとはサボる同僚がいる」という状態を体験した女性作家のことがかいてあった。 それに対する対処は A:上司にいいつける。サボる女子とケンカ B:だまっている
というコースがあり、Aはフェミニズムな話らしいのですが、その女性作家は想像力で補うことによってAでもBでもない選択をするという。
私はBを選ぶんですが。ある意味、それ以外な想像力でもある。 私は自分がもらう分より多くもらうことはマイナスに転じるという考え方が染み付いているのです。 給料をもらっている限り、その給料に見合った分の労働をしないと、いずれ自分の身にふりかかってくると思うのです。 だから、サボっている女子を見て「気の毒に」とさえ思うのです。 もらう理由もないものをもらったり、出すべきものを出さないと結局は損をすると思うのです。
私の祖母や周囲のきちんとした人は皆そういう風に考えているのです。 私が好んで読む本にも必ずそういう哲学が流れているし。 そして私の職場のどうしようもないぐうたらな人たちは、幸せそうに見えません。 自分がどうして認められないのか、いつも疑問に思っているみたいです。 本当に気の毒だと思っています。 自分が誰からも省みられず、忌み嫌われていることすら気付けないのですから。
そんなことからも、私は幸せなのかもしれないと思っています。 たとえ仕事は年季奉公、罰ゲームのようであっても。
自分の精一杯の力50%しか出していないので、あまり感謝されると困るのですが、 入社してから3年間で120%出し続けて、疲れてしまったのでもう力はこれ以上出せないみたいですので勘弁して欲しいです。
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