| 2005年01月20日(木) |
読書「ダヴィンチ・コード」 |
ダン・ブラウン 角川書店
世界的なベストセラーを読みましたよ。(以前、アエラの記事で、世界で売れている本の上位にランクインしていた) 先が気になりついつい読み進んでしまう魅力ある読み物でした。 謎解きもですが、キリスト教の歴史、レオナルド・ダ・ヴィンチの絵の秘密など 壮大なスケールで、パリからロンドンへと観光地になっている場所もルートで出てきますし 暗号を読み解く部分とは、面倒くさいのですが、それでも主人公の象徴学の講釈を聞いたり ソフィーの立場になって、テンプル騎士団や聖杯にまつわる歴史を聞くのも楽しいです。 出てくる人物がみんな怪しく見えるのも、推理としてグッジョブなんでしょう。
ルーブル美術館に行きたい・・と思ったりもします。 あ〜みたいみたいよ!ルーブルのグランド・ギャラリーと寄せ木細工の床。 逆さになったピラミッド。 イギリスにいって、ニュートンのお墓がどんなんだか見たいな〜と思っていたら ネットは便利。こちらでいろんな写真が見られまする。 ttp://www.kadokawa.co.jp/sp/200405-05/
それにしても、美術品や言葉遊びとか象徴が面白いのよね〜 ネズミー作品もあなどれないじゃな〜い(笑) 映画化するのね。するだろうねえ。トム・ハンクスか・・う〜むま。いいか。
あとこの本にかかれている聖杯にまつわる話が本当だとしたら、痛快かもしれません。 バチカン美術館で見た天井壁画の解説で、女性の扱いは納得いかないもん。 知恵の実とか助骨の話とかね。昔のことなんて誰も知っちゃいないし、覚えてないから 好きなようにできますよね〜そりゃそうだ。
それにしても、まだこの本の書評とかその後の話を調べていないのですが 宗教に関する創作物ってよくその筋から文句つけられたりしているけどこの本は大丈夫だったのかな? 宗教というかキリスト教をよく知らないから、どこまでが定説で、どこまでが異説だと 線引きが出来ない私だから、これが文句に値する内容かどうかもわからない有様ですが。
キリスト教といえば、先日見た舞台「SHIRO」もキリスト教でした。 その舞台の中で、人物達が信じるものの為に、命をかけたり、人を殺したりしていました。 「神を信じる」と言って命を投げ出す人もいれば、「仕事を信じる」といい人を殺す人も出てきました。 人を信じるが故に、死ぬ人もいましたし。
こうして第三者的見ていると「信じる」って怖い!、でも信じるものが無ければ人は生きていけないのかなとも思えました。 「信じる」ってなんだろうなあ・・といつも思います。 信じることで救われるなら、好きなように信じたらいいんだけど、あくまで自分だけでオ・ネ・ガ・イ。 自分にはいい按配でも、他人も同じかどうかはわからないんだからさ。 自分一人で寂しいからって、安易に他人を巻き込むのはやめましょう・・・
「ダ・ヴィンチコード」でも、自分の信じるものの為に、人の人生を狂わせてしまう人が出てきますが、自分だけでなんとかしろ!といいたい。 自分が信じるものが、本当に素晴らしいものなら、他人に迷惑かけてまで知らしめなくてもそのうちおのずと知られていきますよと。 迷惑だけでなく殺人までやってのけるんだから、そんなんじゃ、その信じているものまで汚れますよ。信じられた方も迷惑だっての。
本当に、いつもいつも思ってますよ。信じられるもととなった人々、人以外のものも 「そんなことやれって言ってないし〜」と頭抱えているんじゃないかといつも思います。
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