| 2004年10月30日(土) |
番外:世間を騒がしている事件 |
日記には、あまりニュースや新聞を騒がせている話題を書きたくないと思っています。 エスカレートしていく悲惨な事件や残酷な話しがてんこもりで、コメントのしようがなく多分、書き表せないと思っていたからです。 例えば、台風、地震のこと。 ニュースを見ては声もなく、被災した方の困っている様子を見ては涙目になっていても それについてどう語ればいいのか、出てきませんし、手も止まる。 でも、友人が募金をする事を書いていたのを見て、私も心ばかりですが募金すればいいのよねと思いました。 こういう事は書いたほうがいいかもしれないとも。(陰徳といって善き事は隠すのがよいと思ってもいますが) 募金する、って事を知っていても、行動に移るにはきっかけがいるかもしれないので、 目や耳でそういう事を知るという事は大事かな、っと思えたのです。もちろんニュースなどでもさんざん呼びかけられていますが、 身近な人が「した」と聞くともっと親近感が湧いていいかもしれないと思いました。 ボランティアなどできたらいいのですが、申し訳無いけど、足手まといになりそうな自分を良く知っているので とても行く勇気はありません。ごめんなさい。
そしてもう1つの事件。 理解できないから、ただひたすら「どうして?」としかいいようがない。 簡単に、「たわけっ」とか責めることもできるけど、そんなことを言う立場でないし 「どうしたの?いったいなんで敢えてそんな行動を取ったのかしら?」と疑問を出すに留める。 家族も気の毒だよ、とも思う。どう発言しても、テレビに出ても出なくても、その心の傷は深まるばかりだと思います。
過去にもイラクの人たちの為に何かできることがあればと思って行く人もいたし、それは尊い気持ちだとは理解できる。 ジャーナリストは真実を求めて、危険を冒してでも行くこともあるのも理解できる。 でも、ボランティアとかそういう行動に移る前に、準備万端整えて行くのが当たり前だと私は思うのです。 準備万端、というのは幅広過ぎて、そんな事を満たそうとしたら、ずっと行けない!と思う人もいるかもしれません。 それはその人の考え方ですから、私も押しつけるわけにはいかないとわかっています。
でも、私のように石橋叩いて、尚渡らないまででもなくても。 現地の情勢、気候、国の習慣、危険のない行動の取り方とか、あと実質的な準備と連絡手段などは確保していくのが当たり前と思うのです。 普通の観光旅行でもそうじゃないのでしょうか? 旅行中は言葉も不自由で、新聞、テレビで情報入手が厳しいかもしれませんが、 それでも新たな国に移るときは、最低限の情報を得るのは自然な行動だと思うんですけどね。 それができずにして、行った先であるいは自分以外の誰かに迷惑がかかるかもしれない事を 想像もせずに行くのはただの自己満足でしかないと思います。ボランティア並びにそれに準ずる行動をする資格なしだと思います。
でも、そういう想像力が無い人にはそんなことを言ってみても仕方ないんだと思います。 そこまで深く思考する能力、知識、知恵が育っていない不幸です。 自分の狭い認識の中で「準備はした!」と思っているかもしれないし、自分の常識でしか物事を想像できない視野の狭い、自分勝手な人なのかもしれません。 他人が、どう説明しても本人に受け取る能力がなければ、馬耳東風なのです。 ちなみにこれは親や学校の教育が効く!というものでもなさそうです。 本人の性格とか歩いてきた運とか知恵の問題だと思うのよ。 同じように育てても、兄弟みんな性格が同じというわけにはいかぬもの。
例えば極端だけど、暴力的で、借金だらけで、ウソつき、そんな男と付き合うとか 結婚しようとしている人を懸命にとめても聞かない場合があるけど、 その人には聞く準備が出来ていないのでしょうね。知識も想像力も、知恵すらも まだそんな危険を回避できるほどに育っていないのです。 それは今までに、そんな危ない橋をわたったことがない故起こり得る事かもしれません。 自分の周囲にそんな危険な男がいなかった、あるいはそんな危険な人ばかりで、 それが普通と思っているのどちからかもしれません。 本当に、自分で酷い目にあって、堪えてから、そういう危険と離れ、 今度から気をつける事しかできない体験学習型の人かもしれません。 まれに共犯関係になって、そういう危険男としか付き合えない人もいるみたいですが・・・
日本の子どもたちは、危険に疎いです。大人たちが気付かせないようにしている場合も多いでしょう。 だから気付いた時には遅かったという事になるかもしれません。もちろん大人自体が危険をも知らない場合が増えてきましたしね。 日本にも危険がいっぱいあるのですけど、単に気付かないでなんとなく一生終えていたら幸せなのですが、 その可能性は低く、たまには敢えて、日本の感覚のまま、危険に飛び込んで行く人もいると言う事なのでしょうね。 体験学習になって「これからは気をつけるよ!」って言えたらいいのですが・・・あまりにも代償は大きい気がします。
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