だから猫が飼いたいのに・・

2004年05月22日(土) 読書「女性の「オトコ運」は父親で決まる」

女性の「オトコ運」は父親で決まる  岩月謙司 二見書房

スーパー斜め読みなので、読書としていいのかどうか・・・
多分、以前サラリと目を通したのだけど
この本は、その内容があまりにもダメ男とそれを好む女がバンバン出てきて
DV、同棲、見下しあい、セックス、くっついたり別れたりわかれたり、という話題がテンコ盛。
あまりにも自分の生活とかけ離れた内容だった。
私は尊敬できない男性とは付き合えないし、セックスなんて言語道断、ありえない。
この本を読んでいると、世の中の人々はそんなに、簡単にセックスをして
数日後に「おかしい」と思いつつも、ずっと続けてしまう人ばかりみたいで恐ろしく思えました。
違うと思いますが。

でも、そんな内容だからこそ、著者が書いているよい結婚をする人の条件。
「幸せな結婚をする人は、若い時から必死に恋人を探したりしない。一人で黙々と
人生を楽しもうとする。忘我の境地で楽しめる趣味や仕事をもっているからです。
恋人も欲しいけど、その前にやりたい事がいっぱいあって、生きることが楽しい。
そういう人が恋愛すると、大恋愛で相手の男性は妻を大事にしてくれそうなやさしい人で幸せになれる」
「父親と同等かそれ以上に自分を愛してくれる人と出会うまで、やすっぽい恋愛をしない」

というのが生きてくるし、私自身、著者の言葉を信じたいですよ。
でもそうやって「負け犬」が増えて行っている気もします。
そして私は周囲から「理想が高い」と糾弾されるのです。
そして、それは単にモテないだけなのでは・・と思われてるかもしれません・・。

また別の説。
「お父さんのように愛されたい。守られたい=騎士のように守られたい」というのはいいけど
相手に恋人がいても気にしない・・というのはおかしいぞ。気にするつーか許せないだろ。

でも、騎士のように守られ愛されたい(書いていて恥ずかしいのですが)という部分は
実は私の原点はここにあるかもしれません。

私の大好きな本、岩波少年文庫「アーサー王物語」グリーン著のガウェイン卿とラグネル姫の話を読んだのは小学校の事だったと思う。
「アーサー王の危機を救う為、ガウェイン卿は、みんなが顔をしかめるような醜い容貌のラグネル姫と結婚する約束をしたのですが、2人だけになるとラグネル姫は絶世の美女に変わりました。
ラグネル姫は悪い魔法使いのためにそんな姿にされていたのでした。ラグネル姫はガウェイン卿に「昼と夜とでこの姿どちらかを選ぶことができるので選んで欲しいと言う。それは昼間、醜い姿でいて周囲に同情される状況と夜、寝室で醜い女と過ごさないといけないのとどちらがいいかという究極の選択です。
ガウェイン卿は「それはあなたが選ぶことです。あなたが1番辛い思いをしているのだから」と答えました。
すると、ラグネル姫は「これで全ての呪いが解けました」と喜んで言いました。
ガウェイン卿が、ラグネル姫に答えを委ねることが、呪いを解く鍵だったのです。元の美しい姿に完全に戻ったラグネル姫とガウェイン卿は仲良く暮らしました。」

素晴らしい!と思ってしまいましたよ。私は・・
こんなピンチの時にでも、相手のことを思いやれるガウェイン卿のことを。
私もこんな人になりたいだ〜と思ったので、こんな人に守られたい!とはちょっとズレるんですけどね。
でも、こんな人本当にいるのかな〜と疑っているのがアカンのかな(笑)
グリーン版のガウェイン卿みたいな人間に私もなれているのか、甚だ疑問ですが・・
理想の男性像はこの頃にインプットされてしまったのかもしれない。
そしてこの理想像は、高収入、高学歴、高身長などより難しい気がします。
やっぱ理想が高いのか・・・中世の騎士だもんね。そしてそんな騎士に守られる価値のある女なのか、と疑問も・・。

別枠でウケたのが、
「友達と見下し合いの関係にあるかどうか見分ける方法について」
「女の子2人連れを見ると美人同士というのはまずありません。自分よりブスな子だと安心する。」
「あなたがそうなのか、確認するには”あなた、親友の○○子と似てるね”といわれてムっとするかどうかでわかる。
”私があんなブスと似ているわけないでしょ!”と反発したら、見下している証拠です。」には笑いました。なるほどね。
そういうば、美輪明宏さんの本でも「女というものは”あの子は私より美人だけど、頭が悪い”とか思ってる」って
書いているから、男から見たら女性の大半がそう思われているかもしれないね。
でも、本当にそうかしら?

ある知人女性が「一緒に行動するなら綺麗な人と一緒がいい!」と言い放っていました。
何故なら、自分も雰囲気で美人に混ざれるからだ。と本当かどうかわからない説をぶっていました。
でも、私もそう思います。朱に交わればなんとやら、人間も保護色機能がついているのか
綺麗なものに囲まれていると、それなりに綺麗になってきるような気がする(雰囲気ね)
逆な場合もまた然り。それなりになっていく気がする。


いつも一緒に過ごしていると、顔が似るというよりも、話し方、笑い方が、似てくる。
でも、顔の印象の決め手というのは、それに重きを置いているから、自然と似てくるのだと思われる。
だから知人女性の方に軍配があり、「自分よりブスな子だと安心する。」説は疑問。

ブスな子といて安心している場合ではないのです。
自分より(顔だけにあらず)優れている人と一緒にいてそれを手本に向上したいと思うからです。
向上心の無い、今の自分のままでいいと思ってる人は、ひょっとしたら違うのかもしれませんが・・
私は綺麗な女の人が大好きです。(ときっぱり宣言していいものか、いやいい。)
だし先日の日記にも書いたけど、嫌な顔の人といると気持ちがささくれますよ、マジで。ヤダ。

私は「親友の○○に似てる」といわれて、喜ぶことはあっても、怒ることはないといえましょう。
ただ相手がそれを聞いて悲しんだら困るなあ、とは思うけど・・
そうか、私が過去にそう言われて、「そんな事無いよ!」と否定したのは、私なんかに似ていたら
友人が気を悪くするかもしれないだったんだけど「女の友情はそんなもの。」「自分のが美人だと思ってる」
と思うきっかけになったかもしれないですねえ。

そんなこと考えるというか、想像している男性がいることのが驚きかもしれない。
なんでそんなこと考えちゃうんだろう。女性不信なのかしら?と。

でも、私と知人女性が一般女子と違う考えの持ち主なのかもしれないしなあ。
こればっかりは解らないなあ。
でも、「ブスといると安心説」が本当なら、やっぱ女て怖いよねえ。あはは。

話しは脱線したまま終わる。


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