だから猫が飼いたいのに・・

2003年03月24日(月) 読書「説き伏せられて」

「説き伏せられて」ジェーン・オ−スティン 岩波文庫

出たばかりの頃に買ってパラリとめくってそのまま放置。きゃ〜5年たっている。年末にやっとブックラックを買ったので既読と未読がスッキリ
整理されて、あ〜これこれ読まないと今になって積んどくがようやく解消されつつあります。
オースティンの醍醐味は登場人物の性格描写。浅はかで見栄っ張りな人やアレコレと小賢しく立ち回る利己的な人、ただただ善良な人とそれをするどく観察している者が織り成す上流と中流の狭間で揺れていたりする小さな集まりの中で起きた(起きつつある)結婚を巡る物語。
書かれた時代が時代だから女性の生き方や社会の役割が狭く、どうしてもこの枠から抜け出せないけど、その限られた制約の中で上記のような人物たちが生き生きと動き、普遍的な人間関係の問題を描いている。
国も時代も環境も全く違うけど、抱える悩みは変わらないので、充分楽しめるのだった。
「説き伏せられて」は若い頃に周囲に反対され諦めた人と数年後に再会して揺れる女心な話しなのですが、
アンが語る女性と男性の愛し方の違いや人に対する心遣いを徹底的に意見をぶつけ合うと所が楽しめました。特に自分の人付き合いを省みて納得したのは229頁の、アンとその秘密の多い従兄との会話で、最上の知り合いとよい知り合いの違い。どちらかというと私もアンのように「よい知り合い」を一般の人がいう最上の知り合いレベルに設定してしまっているために付き合いが狭いのだと、改めて思い知るのでした。オースティンの主人公はこういう女性が多いので親近感があって読みやすいのかもしれません。
しかし、そうした部分はなどはくどいくらいなのに、物語のラストは一気に駆け足で、あれれと肩透かしな気もしますが、オースティンが書きたかったのは物語の結末ではないのだろうから仕方ないかな。

私自身、オースティンの物語に出てくるような欠点多き人間ではあるけれど、身分にを鼻にかけて嫌味な父と姉や見栄坊なメアリとか読んでて、あまり気分がいいものではないはずなのに(ちょっと渡る世間は鬼ばかり的かも)好んで読んでしまうのは、そういう人から苦しめられている主人公が報われる的な終わり方にカタルシスがあるからだろうなあ。
そうすると主人公が苦難に合えば合うほど、ラストの救いのスッキリ度は効果があるので、そういう物語を好んで読んでしまうんかもしれません。続いてこれまた岩波文庫で「家なき娘」を読んでいます。このタイトルよりも「ペリーヌ物語」の方が通りがよいかもしれません。上巻の途中までは、あんまり可哀想で辛過ぎるのですけど、アニメで結末を知っているので安心して読んでいます。やっぱり子どもの頃からこうした苦難に打ち勝ち報われるストーリーを目にしているので、渡る世間とかでもついつい見てしまうのかな〜?我ながら悪趣味かも。


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