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| 2005年06月06日(月) ■ |
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| アラブとイスラエル(7) |
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<7>パレスチナ紛争(両大戦間期)
◆アラブ・イスラエル紛争史観
・アラブ(イスラエルの存在否認)派 ・イスラエル(イスラエルの存在是認)派 ・日本で出版された関係図書(圧倒的にアラブ派)著者の系譜 �.ぅ好薀犖Φ羲� �⊃景梗卉翕貽断桧� ��左派系民間人
◆アラブ・シオニスト並行活動期(第一次大戦期まで)
◆アラブ・シオニスト和解・統合の可能性
��1908年:青年トルコ党革命 ��1913年:パリでのアラブ会議 ��1914年後半:反トルコ的立場で、アラブ側リーダーの一部がユダヤ人に接近 ��1917年末:バルフォア宣言 ��1919年1月3日:ファイサル、ワイズマン協定合意 ��1925年:ベリット・シャローム設立 ��1942年:イフード(統一団結)の誕生
◆アラブ・イスラエル(シオニスト)紛争の時代区分
第一期(1920年〜1947年、イギリス帝国内の問題、30年代半ばからアラブ諸国介入) 第二期(1947年〜1950年代半ば、国連対応期) 第三期(1950年代半ば〜1980年代、米ソ対立期) 第四期(1990年代以降、アメリカの一極支配期)
◆紛争第一期
※今日から、アラブとイスラエルの紛争の問題に入った。近藤先生は、上記の基準から言えば(イスラエルを認めるという意味で)、イスラエル派だそうだ。私だって、イスラエルという国があるんだから、と認めているわけだから、イスラエル派になるのかな?<あまり深く考えていない。(^^;
さて、今日は授業の後に懇親会があった。お茶とサンドイッチという真面目な(?)会だったが、日時、場所を決めるのも先生、予約を取るのも先生、代金を集めて支払いをするのも先生というわけで、これまでそうした経験がなかったので、非常にびっくりした。しかも、とうに70歳も越えている先生なので、普通なら何もせずにふんぞり返っていてもいいはずだが、まめに世話してくださるので、有難いやら、申し訳ないやら。
文学のクラスと語学のクラスもまるで雰囲気が違ったが、政治学のクラスは、また一段と違いが激しい。それぞれのクラスが、全然違う人種のように感じる。興味の対象が違えば、話の内容も違うのは当然だが、歴史や政治に疎い私は、ただ寡黙になるのみ。先生には、いつも小学生のような質問ばかりしているのだが、こんな私を馬鹿にせず、ちゃんと答えてくださるのも有難い。あとで、あんな質問をするはずじゃなかったと赤面する羽目に陥るのだが。
帰り際、先生から「アメリカには気をつけていってらっしゃい」と声をかけていただき、とても恐縮した。ちなみに、近藤先生の専門分野はイギリス。後期は、イギリスの政治についての講義があるらしい。早くも、後期の授業も取ると決めている人が多い。
〓〓〓 BOOK
◆読了した本
『アメリカ南部―大国の内なる異郷』/ジェームス・M. バーダマン (著), James M. Vardaman (原著), 森本 豊富 (翻訳) 新書: 249 p ; サイズ(cm): 18 出版社: 講談社 ; ISBN: 4061492535 ; (1995/06) 出版社/著者からの内容紹介 「古き良き」大農園文化(プランテーション)。一方に、過酷な生活から花開いた黒人文学や音楽。合衆国史を重層的に彩り、今なおアメリカの深奥に生きる「南部(ディクシー)」世界。
メンフィスの夜――4月3日の夜、キング牧師は講演の中で、「私はもう山頂に到達したが、モーセのように「皆と一緒に約束の地に行くことはできないかもしれない」と暗示的なことを述べた。その講演は、皮肉にも翌日に起こった彼の運命を言い当てていた。ロレイン・モーテルの2階のバルコニーで、キング牧師はジェイムズ・アール・レイの凶弾に倒れた。全米はおろか、全世界で名の知れ渡っていた公民権運動家の暗殺の知らせは、全米を駈けめぐった。公民権運動の偉大な指導者が凶弾に倒れたという悲報を受けて、全米各地で暴動が発生した。私のいたローズ大学(Rhodes College)では、学生はダウンタウンに出かけないように申し渡された。そして、メンフィス市全域に夜間外出禁止令が出された。大学寮の窓の外を、武装した兵を乗せた軍の搬送車が通り過ぎで行ったときのことが、今でも鮮明な記憶として甦ってくる。幸いにメンフィスでは、大きな騒動は起こらなかった。しかし、公民権運動を推し進めていた人々の表情は、明らかに深い落胆のそれであった。――本書より
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