
今頃イスタンブールにいるだろうあのヒト(→誰か分かった人、他言禁止ですよ?!)を想いながらドリカムの『Winter Song』(→“my love for you is deeper than the deepest snows of winter〜"ってヤツ。)を熱唱し、引き続き葉加瀬太郎の『情熱大陸のテーマ』で踊ってしまった・・・。
そんな訳で、2時間くらい前に『成果主義』について思うコトを書いたばかりではありますが、今日の分もテンション高いうちに書いてしまうことにします。今夜はバイトあるので書けるかわかんないし。で、予告通り(→っうか、タイムラグ無さ過ぎ。絶対誰も読んでないよなぁ。)、私が就職しない理由をここらへんでまとめておくことにします。
まず、前々から日記を読んで下さっている方々はご存知かと思いますが、私は起業する予定であります。株式投資も命ある限り続けたいと考えております。その他にもやりたいコトはたくさんあります。

で、当然ですが、周囲に「就職しなよ!」と私にアドバイスして下さる方々もいる訳です。そういう人の話をよく聞いてみると、どうやら『就職=安全、起業=危険』だと考えているらしいのです。ちなみに私の両親は「好きにしたら?人生、わが道しかあらず、やで。」とか、「墓参りさえ来てくれたらよろしい。」と言っているのでご安心あれ。
人によって価値観って異なるのは当然のこと。思うに「リスクをどう捉えるか、どう考えるか?」でその人の職業を含め、生活の傾向が分化している気がしてなりませぬ。
はっきり言うと、私は就職するのがコワイ。なぜなら他人にコントロールされるのが怖いから、コントロールを他人に任せることで、自分の労働力を搾取されるのが怖いからでありまする。私にとってはリスクが高すぎる選択のように思える。

「そんな大袈裟な!」とお思いの方もいらっしゃるかもしれんが、私は経営学と証券投資論を学んでいる学生でもある。
経営学の定義はいろいろありますが、小汚くまとめると「労働者をいかに同じ給料で、不満を言わせず、たくさん働かせ、利益を確保するか。」という問題の最適な解を見つける学問、となりまする。
海外でまともに経営学を学んでしまった人たち(MBA保有者)の多くが、より快適な職場を求めて転職するか起業する理由も個人的にココにありそうな気がしてならん。
が、人生は長い。この旅の途中で色々な出来事があるはず。
「すっごい会社やなぁ、ココで働いて何かを学びたいわぁ♪」と思うコトだって在り得ると思う。心からそう思って、相手がYESと言ってくれるなら、私は喜んで人の100倍働く。1000倍売るよう努力する。
でも、私はホントにしたいコト=「他者を道具としてだけでなく同時に目的として扱う」(by カント)会社をつくるコト&そういう会社に投資するコト、をダイレクトに目指していく。そして「他者を道具としてだけ」扱う腐った経営学の体系を変えたいと思う。私ができるだろう社会貢献はコレがマックスであろう。
とりあえず、これが私が就職という寄り道をしたくない理由であるよ。
なので、コレを読んだリアルの知人たちよ、もう「就職したら。」って言わないよーに♪
ではおやすみなさいませ☆早起きして同伴の用意しなくては、だな・・・・。