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■ シーク・アンド・ファインド
なんとなく書き出しって普遍的なものから書きたいと思うんだけど・・・。 いつもちっとも普遍的にならないなあ。
アウリピデス?の男男と女男と女女の話がなんだか印象的で。 半身を求めながら生きる訳だから、或いはどちらでもいいってことだと。 そういった事項の確認が時々開示されるようなことって自分にとっては凄く嬉しいことなんだけども。 まあ、大島さんがどんな気持ちで言ったかはともかく。 じゃあ一体何が差別出来るんだろう、 博愛主義者にはなれないから嘘を吐き続けるしかないなって思います。
サモ公式サイトがリニューアルにつきキャラ占いもご多分に漏れず更新されていたので、 コメント見たさにええと。 よりによってネスティだよ・・・。(1はトウヤ)。 当たらないにも程があるな・・・。 それはまあとてつもなく厭なんだけども。(厭、ですか)。 コメンテーターがマグナとミモザって凄い! 本命トリスさん(◎)は妙なところでコメントしてるよな〜? (マグナは蛇の目マークだと思うけど、蛇の目マークが出ないよこのパソコン) オフィシャルに踊らされっぱなしな気がしてます・・・。 このまま行くとアポカリプスラヴを目の当たりにする感じ? 見たいような、見たくないような・・・。(見たくないよ)。
ユリイカ増刊の「村上春樹を読む」が家に転がってたので(なんでだろう?)、 ちらちら見てるのですが思えばこういうちゃんとした批評?読んだの初めてかも。 いい加減全作品読んだのでなんとか言ってることは解る気持ち。 しかし「神の子供たちはみな踊る、の最後の文章について」とか実際引用しない場合とかあるんだけど忘れちゃう人もいるんじゃないのかな・・・。 1文に対して言及するのがどう言った意味を持つのか正直解らなく。 批評って自分が聞きたい角度のものを探すのが難しいですね。 センスとかアフォリズムとかいったア・プリオリなものに対してはもう言うまでもなく突出した存在である訳で。 でも初めて知ったのだけども「父権」みたいなものの捉え方がやっぱりあれなんだ・・・。 「太陽の西国境の南」はどういった心境だったんだろうなあと。 どうあっても傷つけざるを得ない生き方に対しての責任の負荷は何処から来るのか、の答えは今回カフカの中で出したのかなって思います。 しかし様々な意見があるのはもっともなんだけどどうして例えば「ノルウェイの森」から御座なりなロマンスみたいな印象を受けることが可能なんだろう? あと村上龍は確か「自意識が先に立つ」って言ってたっけか。 ある意味で視点が完成してる時点から始まるからまあそれも頷けないではないんだけど。
みたいなことを踏まえてたらなんで自分がパロディ書けないのか解っちゃったので、 もういいやと思うんです。(何が)。 ていうかそもそもパロに応用しようとするところが間違ってるんだろうけどそれは仕方がないと思う。 凡ては繋がっているんです。(知るか)。 カップリング前提には当然イデアがあるんだから、・・・書ける訳ないじゃん・・・! 紆余曲折を経たところでそれは黙示録にしかならないような。 或いは代償行為の等価にしか妥協を見出せない気が。 とてもします。 でも昔から気になってたことが解ったので結構すっきり☆ ただ解消はされない訳で。(ダメだ)。
属性の行動として追認しか出来ないひとってなんか見てて寂しいな〜・・・。 何を見ても買っても読んでも追従するだけならそれは妄想ですらないよ、 な感じのひとが多くて。しくしく。 論理を飛ばせるひとは日記だけ読んでても楽しいから凄いと思う。 なんであんなに多角的に変動出来るんだろう〜。 羨望じゃないんだよ、一つの風景として・・・! ・・・どんどん謎になるな・・・。(寝て頂きたく)。
基本的にパソコン、家族兼用なんだけど。 お気に入り全部で10個しか登録してないよ・・・。 なんか・・・ちゃんと活用してないような。 勿体ない気がします。 多分来年には自分名義になると思うんだけどなー。 セットアップとか自分でやってないから一からやるとなるととてもめんどい。 無いなら無いでそんなには苦労しない予感。 ・・・今はなにやら毎日繋いでますが。(無理口)。
2002年10月08日(火)
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