耳鳴りおやじの日記
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2004年07月13日(火) 1人称の意見

昨日読んだおやじむけの雑誌に面白いことが載っていた..

 テレビのネタで、事件の被害者の気持ちを逆なでするようなネタを批判するヒトがいるが、そもそも、被害者の気持ちは本当に聞いたのかということだ..

 世の中には、他人のためとかいって、仰々しく批判するケースが多々ある..しかし、当事者がなんと思って思っているか、あまり確認していないのではないかということだ..

 以前、番組で売れない力士にひどいことをさせているネタがあったらしい..視聴者から”力士があまりにかわいそうだ”という批判が殺到し、結局、そのネタはなくなったそうだが、その一方で、力士の収入は落ち、生活が苦しくなったそうだ..

 私のようなおやじもホント気をつけなくてはいけないのが、誰かの”代弁者”になりうるのかと言うことだ..

 いろいろな事を考え、学生のため、社会のためとか、やっていることが、本当にその人々のニーズに対応しているか...

 研究も本来なら、”誰かの為なのか”もしれないが、お金を多く貰い、時間がなくなり、名誉も得てくると、”誰かの為というのが重要ではなくなり、自分の為に”誰かのため”という大義名分を使うようになりがちだ..

 そして、それは”誰かに”押しつけることになってしまう..

 まあ、思ってくれるだけましという考え方もある..誰か、私のために
大義名分でもでもいいから、金と時間を使ってくれないかな..

 


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