銀の鎧細工通信
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2007年07月17日(火) 光りのすあし (伊東×土方×伊東)

 窓外で風が吹き荒れている。閉め切った雨戸ががたがたと鳴り、強い雨足が吹き付けている独特の音も耳に入った。外は嵐だ。ばたばたと雨が、打ち付けている。びょう、だの、ごう、だの唸りを上げる化け物が建物を取り巻いて吠え立てるような。
 「何呆けてる。」
 あまり低くない声が、重低で響く唸りと対照的な鮮やかさで、近くでも遠くでもないような距離から放たれる。表が見えるわけでもない窓から面をそらせば、珍しく少しばかりくだけた姿勢で腰掛けている男が目に入った。
 通常ならばきっちりと正座し、きっちりと背筋を伸ばし、襟元を緩めることもしない。それが今はどうだ。上着を袖を通さずに肩にかけ、襟をくつろがせて片膝を立てている。土方は、こういう方がいつもより物静かに見える、と感じた。あまりに几帳面に座している姿は神経質そうな面を過敏に見せたし、触れれば弾かれそうな緊張感を敢えて演出しているのかも知れなかった。それを「神経の細そうなこった」と片眉だけを上げる仕草で揶揄もしたし、そうすれば男はいつも「礼儀作法の心得もない粗野さではな」と流し目を寄越して冷笑した。
 「そういうほうがいいぜ。ちったぁそれなりの人物に見える。取り繕いは十八番だろう?」
 手にしていた猪口に薄い唇をつけながら、土方は目で嘲笑う。それを真っ向から受け止め、小ばかにした風に鼻で笑うと「振る舞いを心得ていると云ってほしいものだ。回る知恵を持ちながら、使いこなそうとしない輩ほど暇ではないのでね」と澄んだ声音で澱みなく応える。
 ふっと感じた違和感を悟られぬよう、土方は酒瓶に手を伸ばした。何か調子が狂う、と心の奥底から鎌首をもたげた警戒に気を払う。こんな風に、皮肉交じりとはいえ、自分を評価するような発言をむやみにする男ではない。土方を買っているとは口にした。それはいつも「お前が大嫌いだ」という、口に出しても出さなくともお約束の了解があるからである。雨の気配をまとって、どこか少し柔らかな雰囲気に見える男を探るように窺う。目線だけで「何だ」と問われたので、土方は手にしたままの酒瓶を男の猪口に差し出す。
 「珍しいな。嵐だからか?」
 屈託に満ち満ちた薄い笑いと口調でもって尚、この柔和さはどうしたことか。疑心を隠さずに土方は顎で猪口を出せと促した。身を乗り出した時、男の動きに常ならぬものがあった。それは思わずぎょっとするほどの違和。酒瓶の口へと伏せていた目を、見開いたことに気が付かれただろうか。それとも肩でも震えただろうか。土方は身構えたが、男は何も云おうとはしなかった。それどころか、一切の無駄な動きを厭う筈なのに、この男にしてみれば雑なほどの大らかな動作でついと猪口を差し出す。身体のバランスを取れていないかのような無造作な動きを、男は気にしていない顔でいる。
 「野暮天に気が利かないと思われちゃたまらねぇからな。」
 気まずさと、調子を狂わされていることを払拭しようと悪態を吐く。水の様に透明な、けれど芳香が瑞々しい酒を呑み下すと、男は喉奥で笑ったようであった。
 「君の粋者ぶりは男に限ってじゃないか。どちらが野暮だか。」
 「妙な云い方すんな。」
 「女性にそつなく振舞う事など出来ないだろう?」
 胸ポケットを探り、煙草を出すと断りも入れずに火を点ける。深く吸い込んでは、細く鋭く煙を吐いた。
 「やけに絡むじゃねぇか。そういうお前はどうなんだよ、奥手のお坊ちゃんが。」
 行灯の弱い光源で、土方の灰色がかった目は角度によって赤く閃く。男は真顔のまま、どこから出したのか灰皿を片足で土方に押して寄越した。骨が細いのだろうか、華奢な足をしている、と灰皿を手元に引き寄せながら思った。そもそも俺はこいつの素足なんか見たことがあったろうか。土方は少しばかり記憶を探ったが、私服すらも見たことがない気がした。日に焼けていない素足は白い。骨の様に。
 「喜ばせてやるのも、失礼に当たらないだけのこともこなせるさ。だけど大して関心はないな。」
 感情のこもらない声を聞きながら、土方は物珍しさから何とはなしに足を眺める。行儀悪くも灰皿を足で押し出したまま、投げ出されている骨の浮いたくるぶしは球体関節じみてすら見えた。何かが不安定な、危うい骨格に見えた。
 「女はお嫌いかい。」
 「女も男もどうでもいいだけだ。」
 足を眺めていたので、男が土方を見つめていたことには気が付かない。男は息だけで笑う。気が付かない振りでも、本当に気が付いていなくとも、どちらでも良かったのだ。
 「君もそうやって大人しくしている方が利口そうに見えるな。」
 「人を犬みたいに云うんじゃねえ」
 今度は声とも音ともつかないものが混じった。土方は煙に目を細める振りをして眇めた眼で男を見た。俺は、こいつの笑い声を聞いたことがあったか?皮肉の入ったものではなく、こういう普通の笑い声を。また自問してはすぐさま否、と結論付けた。何かがおかしい。それは俺か、こいつか。
 「だって犬じゃないか、違うか?」
 日頃自分が”幕府の犬”と吐き捨てられることを思えば、答えは迷うまでもなく応である。土方はそのことに何がしかの憤りや屈辱を感じるほどに、その地位に執着はなかった。大事なものは別にあったし、侮蔑の言葉などにそれが少しばかりの影響も受けないことを確信していた。だから土方は何とも思わない。
 「まあな。幕府の番犬、上等だ。じゃあお前はどうなんだ。」
 少しも揺るがない、そういう貌で挑むように口角を吊り上げた。その不穏な表情に煽られた様に風が勢いよく唸りをあげた。雨粒が銃弾のように雨戸を叩く。
 「さあ。犬ではないな。」
 なれもしなかった。素知らぬ顔で、喉の奥で呟いただけの言葉は当然土方の耳には届かない。雨が鉛の玉の様に、激しく打ち付ける。
 「は!お綺麗な矜持だ。それで飯が食えりゃ苦労ねえ。」
 咎める風でもなく、からからと笑い声を上げて酒を注いだ。ついでに男の猪口に注いでやる。かすかに首を動かして返す礼に、土方は改めて男の育ちのよさを感じた。自分には無縁なものではあれど、それはいいことだと思った。本人がどう捉えていても、単純にいいことだと。
 顔を上げた時に視線がぶつかる。どうやらじっと眺めていたようであった。今度は土方が目線で「何だ」と問う。
 「君が笑っているのを間近で見るのが初めてだったから、薄気味悪いだけだ」
 淡々とこぼす言葉は皮肉なのか本気なのか判別しがたく、土方は吹き出した。くつくつと笑みを浮べる。酔いがまわってきているのだろう。
 「そりゃどうも」
 「やはり子どものような笑い顔だな」
 むっとするよりも、驚くよりも先に、咄嗟に先ほど感じた言葉が飛び出た。あっけらかんと耳をうつ声。
 「お前こそ、ガキみてぇな笑い声たてるじゃねえか」
 あまりに素直な云い草だったため、土方自身も、男も目を丸くした。
 「それは心外だ。酔っているんだろう。」
 こちらも華奢とはいえ、それなりにごつごつとした指で、思わず笑ってしまっている口元を隠す。気恥ずかしいとでも云うような、無防備な仕草で。
 「酔ってねえ。ほら見ろ、ガキみてーな無邪気な笑い方だな全く。」
 「気持ち悪いぞ。いい歳してバラガキのまんまの笑い方の男に云われたくないな」
 涼しい顔をしていた男も酔っていたのだろう。2人とも何が可笑しいのかよく判らないままに、警戒と挑発と揶揄の色を浮べようとしては頓挫して、そしてまた屈託なく笑ってしまっている。雨足の激しさの音が遠ざかったかのように、静かで穏やかな室内を行灯の火が揺れた。
 照れ隠しと強がりと見栄と、もう刺々しい腹の探り合いなど出来なくなりつつあって、けれど2人はそれ以外のかかわり方を知らない。いつも通りの遣り取りの中に、これまで通りの低音火傷を起こしそうなほどの怜悧さは溶けた。それでも氷の塊がなくなったわけではない。今に限ったことだと土方は思っていた。こんな風にこの男と話すのは初めてであったし、何かのついでだ、今はこれでいいと決めた。
 
 どれだけ刻が経ったのか。随分長い時間呑み交わしていたようにも思えたし、大した時間も経っていないように思えた。男が整った面に、困惑とも苦渋とも満足ともつかないものを浮べていた。
 「どうした、」
 吐きそうにでもなったか、という軽口はその表情を前にして、云わないまま舌の上で消えた。
 「こういうのを、望んでいたのかな・・・?」
 自問とも付かない、脈絡のない問であった。男は眉間に皺を寄せた後、判らないとでも云う風に首を振って息を一つ吐いた。
 「何が・・・」
 ひた、と土方を見据えた後にまた小さく首を振った。呼吸は今、わなないただろうか。急に鼓動の音が耳障りなほどに大きくなった。じわりと汗が滲む。土方は何か云わなければと思った。
 「おい。ま、」
 言葉が続かない。強張ったように、その続きが云えない。
 続きを察したかのように、男は更にかすかに首を横に振った、かのように見えた。薄く微笑んでいる。ああ、また幼い子どものような笑顔だ。透きとおった笑顔だ。
 猪口を煽ると、すっと軽く立ち上がる。酔った風で、あんなにも穏やかに、幼くすらある気配まで漂わせていて、その酔いなど微塵も感じさせない確かさ。
 「僕は、君になりたかったわけじゃない。」
 はっきりと口にした言葉の、決然とした響きに瞠目した。いつも通りの冷静な表情だった。これまでとの温度差に、土方は追いつかない。否、理解しているし、確かな実感は掌にも腕にもこみ上げてきていた。
 僅かに両目を眇め、くるりと踵を返した男を追おうと立ち上がる。
 「意味がわかんねーぞ、云うならちゃんと云え。」
 掴もうと伸ばした掌は空をきった。掴み損ねた隊服の袖が、ふわりとなびく。土方の顔が僅かに歪んだ。本当に、かすかに。掌の中の感触がより強固によみがえる。
 「解らない?本当に?・・・僕の見込み違いだったか、残念だ」
 言葉の割には惜しむ風でもなく、涼しげな笑みを浮べながら、男は引き戸に手をかけた。雨に濡れて重くなっているかに見える木戸は、音も立てずにすべらかに開いた。外の景色はよく見えない。薄暗い荒地のようにも見えた。吹き込んだ強風に土方が咄嗟に目を細めると、その隙に男は土方に真っ直ぐ向き合っていた。
 「僕の、見込み違いだったか?」
 荒れすさぶ風と雨は容赦なく土方を打った。男の、中身のない片袖がなぶられたようにはためいている。男は不思議なほど静かに佇んでいる。雨も風も感じないように。薄く燐光を放つように白々とした肌が、暗闇の中でほのかに明るい。男は愉快がりながら、確かめるようにもう一度同じように問うた。
 「俺をなめるな。」
 眉を寄せ、きっぱりと顔を上げて土方は応えた。男が満足げに頷いた。
 「その足で行くのか。」
 「僕にはもう、必要ない。」
 






 嵐の中を滑り出た男の脆そうな足は、見た目に反してしっかりと歩いていった。歩くほどに、ずれて曲がって逸れていってしまいそうな、そんな危うさはもう、微塵も感じさせなかった。無理矢理に張り詰めて歩いているような様子も、心もとなく寂しげに足を進める様子もない。確かな糸で固定されたように、白いくるぶしは滑らかに嵐の中を歩いて消えた。一度も、振り返らなかった。
 土方は瞬きを堪えて、その後姿を見つめていた。雨は血しぶきの様に重く身体をぬらしたし、風は圧し折ろうとせんばかりに殴りかかってきた。瞬きの一瞬すら逃すまいと、微動だにせずに見つめた。これが、最後だ。











 何を云っても、もう遅い。
 何を願おうと、もう遠い。
 願ったものはなんですか。
 望んだものはなんですか。
 欲しかったものは?
 ずっとずっと、求めていたものは?
 はるかな闇に、祈りの声もかき消えた。








 裏切りの報いが、知ることだったのか。
 汚い企てで惨めに死ぬ救いが、気付くことだったのか。
 救いなど何処にも無いと、とうに知っている。
 それでも「わかった」という風にあなたが云うから。
 本当は独りじゃなかったと、思い知らされながら、
 僕はあなたに斬られて死んだ。
 



 




 果てしのない虚空にその姿が消えた。
 「俺が、殺した。」
 呟く犬の目が、赤く揺らめく。 


















END


あいー。伊東×土方、というか伊東と土方?途中から土方×伊東
なんじゃないのかコレ、と思いもしました。
初書きで死の話でした。
原作で死んでしまっている以上、自分でも消化しておかないと
書けない気がしたので。
書いてみて、うわあこりゃオチがつかないわ、と痛感しました。
結果的に伊東は納得いく最期を迎えたでしょうが、本当は
生きて、あんなことになる前に気がつけたらその方が
願わしかったでしょうから。
なんか、なんとも云えません・・・。


伊東は狡猾な蛇のつもりだったのかも知れない。
伊東は主も枠も食い破る狼のつもりだったのかも知れない。
伊東は犬になりたかったわけでもなくて、なれもしなかった。
伊東は何にもなれなかった。何者にも。
取り返しのつかない最期の最後で、ようやく得た。
それは幸せなことだったのだろうか?



土方の色素薄い目が赤っぽく光ると云うアイタタな妄想は、
だいぶ前の初期SSの銀土で書いているものです。
「赤い雷と黒犬」です。

土方には、あまり語らせたくなかったんです。
後悔もしないだろうし、あの時迷いもしなかったと思う。
辛くないはずはないけど、それを表には出せない状況で、
出せない人だと思うので。
とにかく全部、背負うことだけが、もう全てだと。
うちの土方は泣きもしません。むしろ泣いちゃだめでしょう・・・。

余談ですが、伊東はアジカンが似合うと思いました。(笑
青臭い感じの、葛藤や悶えが、なんかしっくりきました。
たまたま聴いていたら、案外しっくり。「夏の日、残像」?とか。

あう。伊東・・・切ないです。


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