銀の鎧細工通信
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2007年07月01日(日) レクイエム (BASARA2 かすがと半兵衛)

 苛烈で儚い、美貌の男は刻み付けるように口にした。





      『乱世が終われば、忍は捨てられる運命だ』





 そう艶然と唇に乗せて、酷薄に放たれた言葉は刃。

 云われるまでも無い、わかっていること。だから、わざわざ云ってくれるな。知っているから、解っているから。
 今更事実は要らない。怯えながら殺し、怯えながら生きていた。
 どんな理由であれ、そこへ手を伸べ、そっと抱き締めてくれた人に会えた。大事なものを扱うように、そっと包んでくれた、笑ってくれた。それだけでもう充分。
 

 今更もう、戻る気の無い現実になど、
 戻らないまま 私は死のう。
 ただその時までは何度でも、あの方の元に、生きて帰ろう。
 あの方の知らぬところで、うつつの夢を食むことのなきよう。
 

 この身は忍びの性。仕えたい者の傍らで死ぬことなど有り得はしない。願うだけなら、夢を見るだけなら。そんなことも持たずに在るべきなのだ、と経験則が片隅で警鐘を鳴らす。だが誰に赦されなくとも構いはしない。どの道帰る場所は捨てたのだから。
 気配に気がつき、ふと目を開けば物静かな笑みを湛えた主が屋根の下から見上げていた。
 「おまえはほんとうに、つきのひかりがにあいますね」
 応えた笑いはきっと震えてしまった。
 (そういう風に、生きてきました。そういう風にしか、生きられはしないのです)
 飲み込んだ言葉は、おそらく見抜かれてしまっている。けれどかすがも、抜け忍である自分への追っ手が上杉領に迷惑をかけぬよう、出歩き続けることを、言外に案じて探しては見守る謙信の思いを見抜いていた。
 (人間として扱われるのは、一生に一度だけでいい。それで充分すぎる。こんな風に、扱われて・・・私は何をお返しし切ることができましょう)
 いつだって微笑みには、同時に涙を堪えなければならないような日々。そもそも笑いなど無用な生の者が、笑って見せることの異常さ。それも全て、おまえはえがおがいちばんうつくしい、と笑ってくれるから。
 (それが、あなた様への何かになるのなら、これは私の精一杯)
 「ひとりでばんしゃくはもったいないほどのつきよです。つきあってくれませんか」
 「御意」
 ひらりと舞い降りれば、冴えた月が白く輝いていた。こんな明るい夜に追っ手はかからない。ふ、と吐く息の重みで数を思う。あとどれだけ・・・かすがは昔から思っていた。あとどれだけ殺せば、私はもう殺さないで済むのか。あとどれだけ殺せば、自分は楽になれるのだろう。今は違う。あとどれだけ、傍らにあることを赦されるだろうか・・・身の程知らずな願いは、瞬きと共に暗がりへと消した。自分の闇の中へ。
 (私が要らなくなる世の中が、本当の平和の世界)
 諦めることで得る安堵が、ひっそりと息づく深い闇。



忍は影。
草に埋もれて人知れず息絶えて、その残骸も全て闇に溶けて消える者。
鳥や獣に食い荒らされ、蟲が我らを消してくれる。初めから無かった様に。
初めから、居なかった様に。
影は夢。
自我など不要。感情は無用。
刃は悩まない、
影は迷わない、
夢に実体は無い。
その技能で報いることが存在の全て。
主従に情など、本当は必要が無い。


 いつだったか。まだ里に属していた頃、よく云われたものだった。
 『なまじ才が有るが、お主の不幸』
 『いっそ男で、武士であれば』
 『草の者の才に恵まれねば』

 「詮無き事」
 男として生まれ落ち、正々堂々と戦場を疾駆できたのなら、そのほうがさぞ潔く心安かったろう。忍ぶことを至上とするには目立ちすぎる風貌であるのはどうしようもない事であった。気質にしても、日頃の冷静さは一度堰を切れば燃えさかるように激しいことにだって、流石に自覚がある。忍の才すら持ちえておらねば、自分は浮かれ女か白拍子になっていたであろう。同じく人のために心身を切り売りするのが生業ならば、誰の思うままにも弄ばれぬ殺しの道具である事のほうが自分には救いであった。春を売る女たちを卑しくなど思っては居なかったが、自分は身も心も殺せるほどには割り切ることが出来ないであろう。ならば、心のみを殺す方が楽なはずだ、かすがはそう思ってきた。はじめから選択肢は無かったのだ。
 日増しに豊かに満ちてゆく己の女の身体は重く煩わしく、ごつごつと骨張った身体よりも、木々に紛れる事の困難を思い知らされる。輪郭が違うのだ。けれど、かすがは迷う事は無かった。自分のやり方で忍び、自分の身体一つが唯一の武器なれば、その扱いに慣れればいいというだけの事。

 迷うな、迷えば鈍る。惑うな、惑えば緩む。
 
 幼い頃、同年輩の里の子等に「お前みたいな目立つ髪で、忍になんかなれるわけねえ」と散々に引っ張られては囃し立てられた。泣くまいと堪えながら、夜更けに独りで髪を落とした。それ以来、長いことかすがは丸坊主の姿をしていた。再び金糸の透き通る髪を伸ばすようになったのは、同輩の間でかすがより腕の優れる者が居なくなった時であった。
 
 切り捨てる事で強くなれるのならば容易き事。持たぬものを得ようと足掻くことの方が、余程険しい。持てぬものを欲して願うことの方が、余程苦しい。
 嘆くな、嘆けば衰える。怒るな、怒れば疲弊する。
 
 ただ侮られまいとあれ程意固地になっていたのは、何を求めていたからなのか。それが己の矜持を守るためだったのなら、そもそもかすがは自我を滅する道具には初めから致命的に不向きなのである。
 殺すことは怖かった、殺されるのも怖かった。けれど、選択肢ははじめから無かった。はじめから無かったのだ。どちらも怖いから、消極的に生きては積極的に殺してきた。それだけ。

 ・・・昔の夢か。
 ふ、と薄く透ける月光の睫毛を震わせて瞼を開ける。薄掛けをはいで軒の方へ向かう、襖を開ければ大きな月が浮かんでいた。かすがは月を見るのが好きだった。明るい中で佇むことなど、忍びとして非常識な振る舞いだと教え込まれていたが、潜んでいる最中はどうせ気配を殺している。露見しなければ困ることなど無い。美しいものに心を慰められることは、彼女の無意識の行動だった。ただ「美しい」と、それだけで、醜いことを考えずに済んだから。心が凪ぎ、静かに物思いにふけることが、それすら必要としない境地の者こそが真の忍びなのだろうと解ってはいた。
 (あの男は・・・ああ云ったけれど・・・)
 本気でなかった、と目を伏せた。乱世が過ぎようとも、この世の醜さは途絶えることは無いのだろう。おぞましい身内同士の謀、蹴落としあい、隙を見せれば乱世の残忍な埋火は、また幾らでも激しく燃えさかる。
 (みな、願うように生きたいからこそ、だ)
 この世に焼け野が原のような圧倒的な平等が無ければ、おそらく忍びは必要とされ続ける。光があれば影は生まれ、光が強いほど影も濃くなる。ならば忍びは消えられはしない。
 (竹中半兵衛・・・それが解らぬ者ではなかったろう・・・お前は何故、敢えて私に問うたのだ)
 謙信の望むような世界が訪れて尚、血なまぐさい影を見るのがかすがは怖かった。ならば天下を得たと共に、あるいはその前に、死んでしまいたかったのだ。謙信が消えぬ炎を嘆くほど弱くないことなど承知していたが、泰平などまやかしだと突きつけられるのが怖かった。何度でも、また何度でもこの世に絶望するのは、希望と光を知ったが故に哀しいものだと思えて怯えた。血まみれの身体、毒まみれの血をめぐらせて。何食わぬ顔で平穏な日々を生きていけるとも思えない。戦の炎に焼き尽くされた方がいっそ楽と思えるほど、世界は戦に満ちている。絶望に屈する前に、平穏に狂う前に、謙信の役に立ってつるぎとして折れたいと願った。
 (甘いのは、解っている。お前は、それを咎めたのか・・・?)
 白く輝く月の光は、半兵衛の髪の色に似ていた。自ら屠った者の言葉は二度と聞けない。きっと、本当の平和など有り得はしないし、ならばこの身が無用と捨てられる日も来ないのだ。救いと絶望の間で、かすがはぞくりと震える。
 (自分がいなくなることを願いながら、それでも生きていたいと願うことを咎めたのか・・・?)
 「仕方ないだろう、私は忍びだ」
 かすがはぽつりと月へと呟いた。戦場で見えた細身の男は、哀しいほど静かで覚悟に染まった目をしていた。紫水晶のような深い目の色も、銀糸の髪も、美しかった。
 「お前を、斬ったことを悔やんではいない・・・だが」
 かすがの惑いと恐怖を振り払うほど、切実に執拗に半兵衛は語りかけたのだ。こんな世界はもう御免だ・けれど生きてあの方のお役に立ちたい、引き裂かれ分裂する中、混乱しながら走り続けていた自分を、その白金に輝く剣の切先でおしとどめた。静かに、狂おしく。
 「・・・感謝している・・・」
 生きる世界が違う。だのに、どうしてあんなに。
 (きっとお前も、何か闇を自分の中に宿していたんだな・・・)
 それが何かはわからないし、きっとああして出会わなくとも知りえなかっただろう。それほどに生きものとして、違うのだ。
 かすがは無意識のうちに歌を口ずさんでいた。ちいさな、ちいさな声で子守唄を。自分が誰に歌ってもらったのかも覚えていない、か細い歌を。
 



 私は忍びだ。
 だけど迷う、惑い、嘆き、怒りもする。
 殺したくない、殺されたくない、
 だけど、謙信様のお側で生きたい。
 こんな無様なつるぎとして、その扱いに長ければいいだけのこと。




(およそ忍びらしくない忍びだ・・・・・・あいつのことは云えないな)
 人のことを云えないほどに、主を守るべく自分を道具だと心を殺し、そのくせよく笑っては見せる、赤い髪の忍びを思い出す。
 (竹中半兵衛、お前が咎めたくなるような忍びはまだ、いるぞ)
 歌を紡ぐ唇が、かすかに持ち上がる。歌うなど、覚えている限りではなかったことであった。はじめてのことのような新鮮さが、かすがの気持ちを慰めた。どうして、道具になりきれないのだろう。わだかまりはおそらく消えることは無い。


 (私はお前ほど口がうまくないし、云ってやる義理も見出せないから、云ってなどやら無いけど)





 (私もあいつも、生きて働き続けられれば、いいことだ。主の側で)





 (全く甘いものだね、と云いたいか・・・?)



 見上げた月は、銀の光でかすがに降りそそぐ。2人目に、自分の恐怖を払いさった人。その細い髪と刀の閃きに似た光。
 矛盾だらけの中で生き、人にあらずと思えども思えども、哀しいかな生身の人間。選択肢はなかった、これからも無い。安穏とした日々を希いながら、その中には自分はいない。
 (死にたがるのは容易いことだな・・・どうあっても、生きることを) 
 








 『今日はなけなしの歌を歌おう』




 『これは私からの精一杯のレクイエム』



 『あなたへ最後に贈る歌』








END

タイトルと『』の引用は柴田玲の「レクイエム」より。
もとは失恋らしき歌ですが、かすがちゃんっぽさがあって。


にしても、こんな風に半兵衛を出張らせる気は無かったのです。
むしろひたすら謙信様と穏やかで幸せで、だからこそ切ないものを想定していました。や、書けるかは別問題です・・・ので。
しかも書きながら、うーんこれは佐助と真田でもよかったんじゃ・・・と思いがよぎる瞬間がありました。
もっとも、佐助はきっと多くのものを割り切ろうと諦めようと執着しないようにと、努めているのが癖にすらなっている気がしたので・・・そこは、かすがちゃんの方が素直で強いと思っています。
かすがちゃんは迷わずに「謙信様が大事だ!」と云えるけれど、たぶん佐助は云わない。「旦那は俺様の主だしねー」とか、「俺様のお仕事だからさ」とか、そういう云い方を選ぶでしょう。
生きていく途中で、偶然にも「この人!」という謙信様と巡り合えたかすがちゃんは、里も仕事も裏切っている分迷う余地も捨てたけれど、佐助は仕事の範疇から逸脱した情と、逸脱を赦さない部分があるんだろうなー・・・。
私の中では佐助の強さは脆さとかなりきわどいところにあります。土壇場ではかすがちゃんのほうが強いといいな。
風魔が空ばかり眺めているのも・・・彼が人間だと強く思わせられて切ないです。忍びって、本当に遣る瀬無いなあ・・・。
忍び妄想はキリがありません!
これにて、どろん。

BGM:柴田玲 「レクイエム」



 
 
 
 


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