銀の鎧細工通信
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2007年01月27日(土) trapeze in the dark (おおきく振りかぶって 榛名アベ←栄口)

「なあ、なんでアベってあんな必死に”怪我なんかしねぇ!”って云うんだろな」
休憩中のベンチで、口調まで真似て田島が云い出した。
三橋はおにぎりをほおばったままでガバリと顔を上げる。それを視界の端で捕らえながら焦ったのは栄口だ。肩がビクリと揺れる。
「あー、そうだなあ。いやにムキになるよね」
ポカリのおかわりを継ぎ足して、水谷がふにゃふにゃした口調で応じる。
三橋は発話はしないものの、阿部の怪我に関しても、そのことへの阿部の態度にも過敏だし、ひどく執着している。好奇心に満ちた猫のような顔をして話を聞いていた。どこか強張ってもいる表情。
「確かに怪我したいって思う奴は居ないけどさ、げんに田島も怪我してるしな。わかんないよな」
泉の言葉に田島は「そうそう」と頷いている。田島は勘がいい。この話題を止めにしたい、栄口はヒヤヒヤする思いで、何か話をそらす切り出しを考えている。




記憶の中の阿部はいつも、いつもいつも異常なまでの怪我をしていた。






まるで、終わりのない曲芸。
誰も見ていないのに、茶番を止めに出来ない。
手を離したら、地面にまっさかさまだ。
壊れた人形が落ちて砕ける。
阿部はいつも、不憫で滑稽なほど、必死で縋っていた。
いつも取り繕って、強がっていた。

きっと今だって。





「う・・・っわ・・・ひでぇ・・・」
練習試合で借りたグラウンドでは、更衣室が共同だった。
栄口のチームメイトがひそめた声で悲鳴のように洩らした。振り向いてみると、青紫の端が黄色く変色した青痣と、赤黒く腫れた打ち身にまみれて、刺青の様に模様を描く背中と腹が視界に飛び込んだ。
(・・・っ、何だアレ)
不穏な模様、身体の線すら歪むかと思うほどの腫れ。気味が悪くすらある。
思わず眉を顰めてしまう。シャツを脱いでいる最中だったので誰だか判らなかった人物が、首から頭を出したところで阿部だと判明する。2年生にして、有望なピッチャーの球を取っている力のあるキャッチャーだと知っている人物だ。
中学2年生。自分と同じ学年で、まだまだ身体も出来ていない。その成長過程の身体には、あまりに過ぎる異常な怪我だった。
あれだけの怪我だ、発熱さえしかねない。現に阿部はしんどそうな表情をしている。擦り傷を伴う痣に湿布は使えない。阿部はそのまま打ち身を軽く確認すると、着替えを続けようとする。あれでは眠るのも困難なはずだった。
そのぞんざいな態度を見ると、栄口はアタフタと上半身裸のままで鞄をさぐった。自分用の冷却スプレーを取り出すと、
「えっと・・・阿部、だよね?」
とおずおずと声をかけた。名前なんか知っているのに。
顔を上げた阿部は、垂れ眼のくせに、つり眉のせいなのか口元の強さなのか、妙に気の強いとっつきにくい雰囲気の表情をしている。
「そうだけど」
「よかったら、これ使いなよ」
差し出されたものを認め、阿部は躊躇していた。余計な世話だとは判っていた、怒られるかも知れないと思いつつも声をかけずには居られなかった。だるそうに瞬きをすると、どこか観念したような風に「ありがと」と云って受け取る。周りで着替えている者が、ほっとした風に目をそらして着替えを再開する。
自分でも判っているのだろう、怪我の酷さは。もしくは、もう慣れてしまって、人から云われないと意識しないのだろうとも思えた。他人の目から見れば異常でしかないそれに慣れてしまった様相は、ただ異様だった。
スプレーを噴霧する音を聞きながら栄口も着替えを続ける。途端、ドアが開く音に続いて「タカヤ!」と強い声が響いた。息を呑み、慌てたように部屋に居る大半が戸口を見た。もう着替えをすませて私服で居る。中学生にしては大きく、すらりとした姿は高校生のように見えた。
ピッチャーだ、さっきの。
「・・・なんすか」
あからさまに、さきほどとは違う棘を含んだ声で阿部が返事をするのが耳に痛い。(タカヤっていうのか)と関係ない事を考えなければ、あの怪我を見た後では阿部に対していやに過敏になってしまっている。
「お前さー、あれ?何それ」
ぎくりと身をすくませた。おそらくスプレーの事を云っている。遠慮するような事ではないにしても、剣呑で不穏な雰囲気のバッテリーには何が着火点になるか判ったものではない。
不意に性格のきつそうなピッチャーが、つんざくように笑い出した。いちいち他人の身を竦ませる2人だ。
「なんだよ、根性ねえなーお前!俺の球取るのが厭なら、キャッチやめればいいじゃん」
皮肉無しでは話せないとでも云う風な、何をどうしたらここまで悪意に満ちて他人へ話しかけられるのか判らないような口調と声。栄口をはじめとして、対戦相手のチームは気が気ではない。物騒なので早く立ち去りたい、とせかせか仕度を整える。
「飛躍しないでくださいよ、だいたい俺が居なかったら榛名サン投げる相手がいないでしょ」
嘲りに満ちた声で返事をしている。どうしてこんな風に挑発しあうのか、わけが判らない。ピッチャーの榛名と呼ばれた少年が、どう返すのかが怖くて居たたまれない。
「はあ?何様のつもりだよ、お前の代わりなんているっつーの。これ見よがしに何なんだよ」
ガタリ!
ベンチを蹴りでもしたのだろうか、厭な音が響いた。大方居た人物の予想通り、2人はますます険悪になっていっている。
「それ、使ったらって云ったの俺ですよ」
なるべく淡々とした声で云い出した栄口を、横で着替えていた先輩が肘でつついて嗜めた。確かに、関わり合いにならないほうがいいのは判っている。
余計に首を突っ込んだって仕方がない。
「栄口!」
(え?)
ぱっと顔を上げて、云っちゃ駄目だというように、切羽詰ったような声で阿部が名前を口にしたことに驚く。自分の名前を知っている事にも驚いたし、その必死な表情や、庇うような口調にも驚いた。
目を丸くしていると、榛名がきつい猫目で睨みつけながら「お前、だれ」と凄んだ。毛を逆立てた猫そのもの。
(にしても、俺だって今日出てたのに、誰ってなあ・・・)
誰も何も、通りすがりの対戦チームの者ですとしか云えない、いいよどむと助け舟が入る。
「今日の相手の、6番。止めてください元希サン」
庇った相手に、逆に庇われてしまった。
阿部の口調が軟化している。先に折れた。
関係ない奴にまで絡むな、と云わんばかりに阿部は榛名と栄口の間に立っている。
名前といい、打順といい、驚くばかりの把握だった。こんな風に練習試合の相手のことでも覚える捕手が能無しのはずはない。それなのに、どうして榛名はこんな風に阿部にふるまうのだろう。確かに凄いピッチャーではあったけれど。
「用事、なんすか」
話を切り替えるために、促す。次の練習の話などをはじめたので、慌てて鞄にユニフォームなどを詰める。チームメイトは皆、着替えをすませてほぼ外に出てしまっていた。
「お前、ホント健気だよな、必死ってゆーか。そんなに俺と組んでたいわけ?ひっでえの、コレ」
榛名が噴き出して笑う声とともに、「いっ・・・!」と低く呻く声が洩れた。ぎょっとして視界の隅で様子を窺えば、榛名の手が阿部の横腹に触れていた。強く押しているようにはとても見えない、それなのに。阿部が、身を捩ろうともせずに、眉根を寄せてそれに耐えている。「アンタのためじゃねーよ!俺はただレギュラーとして野球やりたいだけだ、アンタじゃなくたって構わないんだよ」と唸るように云い返すと、ますます笑い声が嘲りの様子を増して、榛名の手はきつく阿部の傷を嬲った。
淫靡な戯れじみた雰囲気に、ますます混乱する。慌てて更衣室から飛び出た。ちらりと振り返ったら、阿部と目が合う。痛みに眉を顰めているのに、申し訳なさそうに少しだけ苦笑して頭を下げて見せた。
無理矢理の笑顔が痛かった。
厭な風に胸が重くなった。
(阿部、うまいのに。どうしてあんな風にされてんだ・・・)
栄口のチームにも、横暴な先輩はいた。けれど違う中学から集まっている間柄では先輩後輩の構造は比較的緩やかであった。阿部のところだって、試合中のベンチの雰囲気も、グラウンド整備の時も、穏やかに和やかだった。
小走りで仲間の帰宅の輪に混ざると、どこかほっとした。
フツウのセカイに帰ってきた。と。

あんなのは、おかしい。


それからしばらくは、冷却スプレーを使おうと思って鞄を開けると、阿部に貸してそのままだった、と阿部の事を思い出して重苦しく塞ぐ気持ちを味わった。
どう見ても酷い身体、どう見ても不自然な関係。
数日後、阿部から電話がかかってきた。監督に番号を教えてもらった、借りっぱなしになってしまったから返す、そんな様なことを阿部は訥々と云った。お互いの家の中間と思える場所で待ち合わせた。
半袖から覗く腕にも、擦過傷と打ち身が見て取れた。栄口に視線に気がつくと、困ったように笑って「荒っぽいんだよ、あの人。無茶するし」とだけ云った。
それからも試合で、練習場で、阿部と榛名とは顔を合わせた。阿部はいつも怪我だらけで、そのたび「相変わらずなんだな」「相変わらずだよ」という遣り取りを繰り返した。
会う度に、阿部はつらそうな顔で笑った。
会う度ごとに、つらそうになっていた。





(阿部が怪我を嫌がるのは、)

(阿部が怪我を嫌がるのは、榛名サンから、逃げるためだ)
怪我無く過ごす事で、あの頃とは違うと自分に云い聞かせたいから。

前とは違う、もうあの頃とは違う。
自分は榛名無しで野球をやってる。これからもやっていく。
もう、もう榛名と組んでいない。榛名は居ない。
要らない。あんな奴要らない。
三橋は榛名じゃない。三橋は榛名じゃない。三橋は榛名じゃない。
もうあんな事はない。
怪我無しでやってくんだ。
同じ事は御免だ。
もうあんな事は御免だ。

阿部の思い詰めた呟きが聞こえるようで、栄口はかぶりを振った。
榛名は、怪我という形で阿部に多くを叩き込んだ。刻み付けるように、それこそ刺青の様に肌の表面から、阿部の内臓や骨まで侵食した。身体中に自分の存在を、暴力で記した。
阿部の身体の怪我は、榛名の象徴。
思い出さないように、思い出さないように。
バッテリーという茶番劇の舞台を離れて尚、まだ消えない。
今度は思い出さないために、必死の曲芸を1人でやっている。
(とりつかれてる)
相変わらず何かに縋って、取り繕って、強がって。
榛名に呑まれないように。
榛名を忘れるように。
手を離したら、阿部は地面に落ちて死ぬとでもいう風に。
そういう空中曲芸だ。

阿部の身体の怪我は、榛名の象徴。
思い出すから、怪我をしない。
もう思い出さないために。
記憶の底にふうじて、もう思い出さないように。
果てのない、まるで命がけの空中ブランコ。






END


コミックスで読み返しながら、アベはムキになるなーと思いまして。
そりゃ代えの居ないチームでは当たり前でしょうが、心がけが必死に過ぎる。
うーん、これは・・・と捏造した妄想です。
栄口くんを妄想に巻き込むつもりはなかったのですが、第三者の目線でアベと榛名を知ってる人・・・と登場してもらったら、・・・なんか、・・・ラブっぽくなってしまいました。
ごめん栄口くん。
あれですよ、あれ。うちとこの阿部への攻は
「そんな酷い男とは別れなよ・・・!」
とか云いながら、
(俺がもっと幸せにしてやるよ・・・!)
って薄ら寒い事を考えているタイプ。
いやいやーそういうの無理。きびしい。その責任取りますみたいな顔が。笑
まあ若いですから、そういう発想も赦しますよ。若いうちならね。
現実と妄想が混じっていますが、そこは自分に都合がいいですので。はい、赦してください。

というわけで、銀魂連作の合間のおおふりでした。
これ、書きたかったんです。


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