銀の鎧細工通信
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| 2007年01月14日(日) |
常春 (土方→近藤) |
知っているから偉いということも無い、 知らないから恥ずかしいということも無い。 ソレによって 自分は他人に欲される人間なのだ、 価値があるのだ、 居てもいいのだ、 認められた、 と実感する錯覚は、ありふれて在り来たりで、それでいて誰にでも起こりがちなよくあること。本能が願う欲望。 なくたって、生きていけるのに、全然大丈夫なはずなのに、 どうしてこんなに 振り回されるのだろうね。
「なんだぁ!トシィ、景気の悪い面してんなあ!」 廊下の反対側からドタドタと足音も高らかに、近藤が土方を目にするなり満面の笑みを浮かべて歩み寄る。 「俺の景気はいつも通りだよ、アンタの景気が舞い上がってるんだろ」 淡々と応えれば、「いやあ、そうだな!」と照れくさそうに笑って、土方の背中をばんと叩いた。 (常春・・・) 寝起きの頭でぼんやりと近藤の顔を眺めながら、思わずそんな単語がくっきりと浮かぶのを感じた。うきうきと軽やかな気持ち、色とりどりの日々、きらきらと眩い世界、他愛ないだけのふわふわした感情。酔い痴れる者は幸せそうだが、傍から見ていて唖然とすることは少なくない。土方が考え事をしている間も、近藤は今の想い人の話をしている。実に楽しそうだ。 (この人だからかな・・・) 片想いや恋愛が、楽しく嬉しいものばかりだとは到底思えない。ソレにはあまりにも苛烈で重苦しい単語が尽きないではないか、焦がれ死に・恋に狂う・可愛さ余って憎さ百倍・・・想起するだけで魂を吸い取られそうな単語の羅列とは、近藤の様子はかけ離れている。 (恋に恋する) ふと浮かんだ単語に小さく吹き出した。まるで近藤のはソレだ。 怒ることはあっても、他人を憎むことの無い男。他人の悪いところに目を向けない、いいところばかりに目が行く男。深く広い愛情、義理人情を大事にして底抜けのお人よし。分け隔てなく、一途な男。ともすれば厭味なだけの聖人君子じみた表現が緩和されるのは、豪快な性格だとか、デリカシーにかける部分だの不器用さだのケツが毛だるまだのゴリラだの、そういった要素が故なのだろう。 (それにしたって、よくもまあ・・・) 幸せそうな近藤に水を差すつもりは無いし、そうしたことを云われたからとて邪推で気を悪くするような男ではない。 「なんでアンタぁ、そんなに惚れっぽいんだ。飽きもしなけりゃ懲りもしない、疲れないかい?色恋は」 濃い眉を器用に片方だけあげ、少し考え込む顔をした。「そりゃ楽で楽しいばかりじゃあねえけどよ・・・簡単すぎて飽きるくらいなら、はじめから惚れたはれたは要らねえんじゃないのかね。酒だってそうだろ、宿酔いになりゃ、もう呑まねえぞ、って思うくせに繰り返しちまうんだ」 「なるほどねぇ」頷きながら、胸ポケットから煙草を取り出す。一本咥えて火を点けて、一筋煙を吐き出しながら「でも、それは惚れてる女には云わんほうがいいぜ」と云った。 「なんで」 「じゃあ酒と結婚でも添い寝でもしてろ、って云われっちまうだろ」 酒に喩えられるのは、生々しすぎて、あの浮ついた感じにそぐわないのだろう。もしくは地に足がつきすぎていて、身近すぎる喩えだ。 「ああ!そりゃー云われたことあるわ」 破願してあっさりと応えた。なんという軽さだろうか、じっとりと重く、甘いような痺れるような淫靡さは微塵も無い。湿度というか、色気も無い。まるでガキの初恋のようだ、毎回が初恋だとでも?近藤の屈託の無さとあいまって、土方はくすりと笑う。害が無いんだ、何も損なわないような愛仕方、相手の何をも奪わない大らかな感情。あるがままを肯定して、そのまま受け入れて、支配もしない縛り付けない。健全な愛情。 (何故こうも違うんだろうな) 土方の微笑が暗いものを孕む。暖かく照らすような愛情は、自分には無理だろう。欲しがって欲しがって与えられるままにせがんで奪い、その暖かい愛情が尽きることに怯え、なくなってしまったら凍えて死んでしまうかも知れないだろう。終わることが怖すぎて、いつか無くすことも離れることも怖くて、だったらはじめから知らない方がいいと思っているし、知ってしまったら後戻りは出来ないだろうとも思った。自分の感情も、相手の感情も、冷めて尽きるのが怖い。得られた後に、失うぐらいなら、いっそはじめから要らないと突っぱねたい。 (弱い、うざってえほどに俺は、弱え) 満たされることを知らないくせに、駄々ばかり。 諦めて受け入れることも知らないくせに、無いものねだりばかり。 少しも巧く振舞えない。自分で自分を騙しとおせない。 孤高を望んでいる振りをしているだけ、本当は、 (アンタを失うのだけは御免だと、いつも怯えてばかりだ)
(本当は、いつも)
想いを振り切るように、顔をあげて笑って見せた。 「だからアンタはモテないんだ」
愛し、愛されたりすることを、知っているから偉いということは無い。 愛し、愛されることを知らないから恥ずかしいということは無い。 恋愛感情や性愛関係によって、自分は他人に欲される人間なのだ、 価値があるのだ、居てもいいのだ、認められた、 と実感する錯覚は、ありふれて在り来たりで、それでいて誰にでも起こりがちなよくあること。本能が願う欲望。 色恋なんて、なくたって生きていけるだろうのに、全然大丈夫なはずなのに、 どうしてこんなにも振り回されてやまないのだろう。
続く、かな。
お久しぶりです。 明けましておめでとうございます。 冬コミで銀迦ちゃん(青井さんも)の手伝いをさせてもらったり、仕事したり、 胃潰瘍を患ってみたり、ミツバのことを考えていたり(まだ考えていたのか)、 本を読んだり音楽聴いたり、年末操業で徹夜で残業を続けたり、 気が付いたら すっかりご無沙汰しております。 お元気でしょうか。 胃潰瘍以外は、あ、あと花粉症以外は鉄火元気でございます。 花粉が飛んでますよ、ふがふが。 どうぞ本年も、書いたり書かなかったり、無理せず気ままに、楽しく、 参りたいと思います。 気の向いた時にでも、どうぞ遊びにいらしてくださいませ。
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