| 2006年02月01日(水) |
ネットゲーム中毒、という言葉。 |
以前からここにしるしている通り、7月ごろから、ネットゲームをしている。 マスコミでは、最近の異常な社会現象を取り上げるときに、ITの功罪とともに、かならずといっていいほど、インターネットやネットゲームを指摘する。先日も、「ネットゲームを長時間することは、中毒に近い」(というような表現)という新聞記載が目に留まった。
確かに、もともとゲーム好きで、環境上携帯ゲームかPCゲームにしか手が出ない状況、かなり長くやっている自覚はある。大体が、夜9時〜12〜翌2時くらい。長いときは、5時間やっている計算になる。 FF11が、初めてのオンラインゲームだが、これはとても魅力のあるゲームだと思う。なぜなら、確かに筋書きらしきものはあるのだが、それを一切無視して、合成なり釣りなり、戦闘なり、めいめいが好きなものに向かえばいいからだ。もとより人付き合いが苦手な私だが、この私でも、PTのリーダーをやることがたまさかある。全く知らない人を誘って、集団戦をするわけだから、面白い状況ではある。そして、レベルが上がるほど、戦闘技術がものをいってくる。 それから、ダメージを受けたとき、基本的に、ヒーリングといって、一定時間座ることが、体力回復の基本である。これは、それまでのテレビゲームからしたら、最初はびっくりしたものだった。ダメージ解消=薬品だったからである。ここでは、魔法を習得するには、購入するか、モンスターからとらねば覚えられないし、ものは店があるものの、競売制で、売り買いが現実の如く行われている。これにもショックを受けた覚えがある。つまり、需要と供給が成立しているわけである。 確かに、敵を倒すことによって、死に対して麻痺する、という論は、わからないでもない。が、もっと残虐なものは、そこら中に転がっているのではないか?たとえば、ビデオ。たとえば、マスコミ。事件の経過を説明することで、第二の犯罪を作っている可能性はなきにしもあらず。アダルトビデオがよくて、ロリコンビデオが悪い、これも、こちらからみればどっちもどっちだ。征服欲の対象が、女性か幼児かの違いであろう。もののように扱うことに、変わりはないように見えるのは、わたしだけであろうか。
脱線しまくったので、もとへ。 現在、自宅療養中の私は、確かに勤め人よりも、ネットにアクセスしている時間が長い。 これは、功罪あるのはわかっていて、座る時間が長くなる(耐久性)一方、あるパターンの思考になるということだろう、おそらく。 そして、もし、これが現在ないとすると、自宅療養中何をしているだろうか、と考えると、あとは本(ないし、漫画)をひたすら読むしか、考え付かない。うちにこもることに違いはあまりないのである。むしろ、対人的な会話や感情(そんなもの、判るわけがないというが、案外、対応のしかたでわかるものである)、対人恐怖を和らげる訓練にもなっていると思っている。なんせ、この、対人恐怖症ぎみの私が、PTをしきることもあるのである。まさかこんなことをすることになるとは(というか、焦れてやりはじめるのであるが)思わなかった。
あれは悪い、これが悪い、と言う前に、一度触ってみるとよいと思う。 多方面からみると、その功罪は、一概に決め付けられるものでは、ない。 そう、考える。
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