前後(マエウシロ)向き日記
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2003年12月10日(水) 私の精神安定剤

昨日の夜もうだめかと思うぐらい落ちてました。
あまりにも仕事がいやすぎて、泣きまくってました。
おかげで今日はただでさえちっこいおめめがいっそう腫れぼったく
なっておりました。

唯一の同期に愚痴をこぼし、
彼女と同じ支店の先輩に助けを求め、
全然関係ないあんちゃんにもすがりついてしまいました。
それでも涙は止まらなくて、今もかなり目が痛いです。

でも今日気がついたけど、
私が落ち込んでる日はほとんど彼女と話ができなかった日なんです。
昨日も話せなかった。
毎日追い詰められてる度合いはおそらく同じなんでしょう。
彼女の声を聞いた日は自然と緊張が和らいでるんだね。

今日は話すことができました。
彼女はタメ口まじりだったけど、
私は今日中にしなければならない仕事のためにまったく余裕がなくて
いつもは冗談を言うのにそれどころじゃなかった。

改めて彼女の存在の大きさを知りました。
彼女がやめたらそっこうやめるだろうなあ。

やめれないけど。


私は自分でいうのもなんだけど、プチお嬢さんだったりする。 
家がものずごくお金持ちだとか格式の高いお家では決してないけど。
近所で評判のお堅い一家なのです。
うちは田舎なので、もちろんご近所さんも何十年と変わらない。
そんな田舎独特の生活の中で、
両親が役所勤めで兄たちも名のある所で働き、
私自身世間的には立派な会社で働いてるため、
表向きはいい子ちゃんでなければならない。

道で誰かに会えば笑顔で挨拶をし、
家の電話も会社並みにいい声をださなければならない。

そんな私が地元の会社をやめることは簡単なことじゃない。
面と向かって寿以外認めないといわれる中でやめることはかなり難しい。

何よりも親の顔をつぶすことになる。
私と同じ時期に親の紹介で新しい会社に入った兄はどんなにつらくても
やめないと言ってるし、お兄ちゃんと比べれば私はたいしたことないから。

それに私はちゃんと親の背中を見て育ってるから。
うちのお母さんは家事と育児と仕事をきちんとこなしてきた人。
自分が倒れるぐらいしんどくても子供の心配をする人。
私が小さい頃はまだ共働き家族っていうのはほんとにわずかで、
しかも正社員として働く母親はかなり珍しかった。

小さい頃は不満もたくさんあった。
どこの家庭にでもある3時のおやつはないし、家に帰っても
話し相手はおじいちゃんとおばあちゃんだけ。
正直子供の頃のお母さんの記憶なんてない。
そんなことは口が裂けても言えないけど。

でも今はものすごく感謝してるよ。
お母さんがどんなにつらくてもしんどくても一生懸命仕事をしてたから
私は高校も大学も何も制限されることなく好きなとこにいけた。
今の会社に入れたのだってお母さんのおかげだし。

両親は私が本気で仕事をやめたいって言えば許してくれると思う。
高校も大学も最終的に今の会社に入ることにしたのも
親に言われて決めたことは一度もない。
こうしなさいって言われたこともない。
うちは本人の意思が最優先だから。

私はねお母さんみたいな人生を送りたい。
仕事も遊びも家庭も常に何かに夢中ですべてに一生懸命に生きたい。
だからたった数年働いただけで弱音を吐いちゃだめだ!

私には癒してくれる大切な人がいるんだから。
声が聞きたいなあ。









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