人生事件
−日々是ストレス:とりとめのない話 【文体が定まっていないのはご愛嬌ということで】
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| 2005年01月08日(土) |
人としての対応を求められる瞬間 |
どんなに考えても、その立場を想像なんてできない。
年明け初っ端の家庭訪問相手が、余命幾ばくもない人とその家族。『あと半年くらいかも』が7ヶ月目になり、『あと1ヶ月持つか持たないかくらい』と宣告されたのが先月半ば。どんな気持ちでクリスマスとお正月を迎えたのか、ベッドサイドに置かれたまま点滅するクリスマスツリーと壁中に張られた家族写真を見て、考えた。
できた部位と悪質なタイプだった脳腫瘍が、身体を蝕んでいく。強弱の波をつけて絶え間なくおしよせる頭痛の嵐は、身体ばかりか心も蝕んで、そして、記憶さえもあやふやなものに変えていく。
ベッドに横になったまま、外国で出会った連れ添いの、日本語のできない連れ添いの母国語が、出てこなくなってきたと、涙を流す。日本にいる時間よりも海外のほうが長かったのに、何で最後は日本語しか分からなくなってきたのだろうかと、最期は日本で逝きたいという願いは叶ったというのに、一番大切な人とことばが分からなくなるということと引き換えだったなんて、と。
かけるべきことばが、見つからないことは多々ある。ことばは望まれていないかもしれないけれど、ことばを捜してしまう。何を言っても駄目なときは駄目だし、何でもいいからことばをかけてもらいたいときだってある。
専門職の立場というより、"人"として個人的に問われているような。
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