人生事件
−日々是ストレス:とりとめのない話 【文体が定まっていないのはご愛嬌ということで】
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| 2003年01月29日(水) |
遠距離恋愛という恋の形 |
2年ちょい前から始まった久しぶりの恋愛は、遠距離恋愛だった。
なんか、一昨日、遠距離恋愛サイトに行ったら彼と付き合いだした頃を思い出してしまって、ものすごい勢いで胸が跳ね上がってしまった。 学校の同級生、先輩、先生、バイト先の人など、狭い視野の中でしか恋愛沙汰などと対峙しなかった私の10代を、ひっくり返すがごとくの勢いで訪れたこの恋。
遠距離恋愛なんてしたことがなかったし、する気もなかったのに。 全国各地に移動していく自衛官の彼を持っている友人がいて、その子がなかなか彼と会えなくて、いつもさみしい思いをしているのを聞いていたし、自分は遠距離恋愛に向かない人間だと思っていた。近場でしか人を好きになったことがなかったし、好きな相手には毎日でも会いたいと思うくらい相手を想う自分を知っていたからだ。 だけど、始まった。 ネットという世界で、言葉だけの相手に恋をし、そして、実際に会って深みにはまった。
初めの頃は、浮気はしないだろうかと、会いたくて恋しくて泣いてばかりだった。声が聞きたいと思っても、その頃の私は学生で電話代を自分では払っていない身だったので、彼がかけてくれても電話代がとても気になった。 また、いざデートと言っても、土曜日に会い日曜日に帰る、というとても短い、またお金のかかる逢瀬だった。 だけど、それでもよかった。小遣いの大半を交通費につぎ込んでもいいくらい、私は彼を欲した。
好きという気持ちは、大きくなったり小さくなってみたり。でも、結局は「付き合いたい」というラインからはみ出すことなくゆるやかに続き。 どうしてか、土地の距離はあるのに、ひと月に一度しか会えない相手なのに、頻繁に顔を合わせる好意的な人がいても、私は彼がいいと思い。いろんな意味で忍耐を強いられたり、干渉されぬシングル気分で心が安らいだり。
最近の私は、会えない不安はだいぶ薄らぎ、不安だから会いたいというよりも、会いたいから会いたい、という強い意思を持ってる。 少しお金に余裕がある分、体調のことを顧みずに衝動的に動きそうになる自分を抑えることもしょっちゅう。
ずっとなんて、限界の見えない遠距離恋愛なんてしていられないけれど。そんなの、片想いよりもずっとタチが悪すぎる。
我が父の、心臓が最近調子悪いそうだ。24時間心電図つけることまでしてさまざまな検査したのに、結果は「疾患見当たらず」。医師からは「ストレスから来ているのではないか?」と言われたそうだ。 父の調子が悪くなったのは、ちょうど私は両親に彼のことを告げた頃から。
永久に遠距離恋愛だなんてこと、考えたくもない。
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