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■ 愛さえあれば??
テレビの見すぎ。 と言う感じがする。
「結局は愛で全てが満たされる。 そんな気がしない? 愛がどんなものなのか、 少しは掴んだと思うから、 そう信じたいと思う。思わんの?」
思わない。 愛ってなんだろう。 幸せって何だろう。 よく分からないから信じない。 よく分からないから、信じたいとも思わない。
上の言葉のようなことを言う女の子は多い。 「愛」「幸せ」そんな言葉が溢れていて、 そして彼女らはその言葉に完璧に捕らわれている。
「愛がなければ幸せになれない。」 「愛が全てを解決してくれる。」 そう信じて、「愛がほしい」「幸せになりたい」 と嘆いている。
彼女らに「愛があれば、愛さえあれば、幸せになれる」と 教えたのは一体、どこの誰なのだろうか。
愛も、幸せも、よく分からないのに、 「愛さえあれば幸せ」の信念は 彼女らのなかでとても強固なものとなっている。
僕は、本当に「愛がどんなものか少し掴んだ」のなら、 かえって、「愛さえあれば」などとは言えないと思う。
それは時に、何より閉口なものだと思う。 それは時に、何より苦しいものだと思う。 それは時に、何より辛いものだと思う。
僕は彼女たちに、「愛」とか「幸せ」とか 言う言葉を軽々しく使ってほしくない。 それは決して、ただ単に「甘い」ものではなく、 愛があれば「幸せ」などという単純なことでもないと思う。 そう思う理由は今までにも少し、書いてきたと思う。
結局は、僕も、分かっちゃいない。 けれども、これだけは、今の僕でも言えると思う。
「愛さえあれば」と言う言葉は 呆れるくらい能天気で、幼いものであり、 その言葉を連発して、「愛がほしい」と嘆く人は、 妄想と自己陶酔に浸っているだけである。
2004年04月10日(土)
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