一度だけの人生に
ひろ



 少年

人の期待に応えること。

それが少年の生きている意味だった。
それが少年の自己評価の全てのよりどころだった。

人に評価される自分であること。
そんな自分でなければ、自分を肯定できなかった。
そんな自分でなければ無意味であり、無価値であると、
はっきりと言葉にされた認識ではないにしろ、思っていた。

少年は青年になった。
人は、彼に何も期待しなくなった。
完全な自由の中で、青年は全く空っぽな自分に初めて気がついた。

自分には、自分の考えが無い。
自分には、やりたいことがない。
自分には、自分が無い。

「やりたいことをやりなさい」
と言う、青年にとっては最も難しい課題を与えられた。

操者のいなくなった操り人形。

糸の切れた凧のようにフラフラ当てもなく
風に揺られて右へ左へ。


あらゆる行動と努力の「動機」が無くなった。
苦しさに耐える意味も失った。
生きていく張り合いを失った。


みんなと同じように生きていくために
心の中に染み付いている「倫理」を
一つ、また一つと意図してかあるいは意図せずにも破っていった。
その度に激しい罪悪感を感じて、自分が嫌になった。

みんなが平気で通っていく道が
恐ろしくて、とても平然と歩くことは出来なかった。

「人の目障りになってはいけない。
人の迷惑にだけはなってはいけない。
人を押しのけてはならない。
人を傷つけてはならない。」

彼の倫理は全て彼の恐怖心からでしかない。

人が彼を「良い人」と評せば、
彼はまごうことなく自分を「良い人」として認識し、
人が彼を「クズ」だと評せば、
彼は自分を、真実として、「クズ」だと認識する。


結局、「彼」は最初からいなかったのである。


2003年10月20日(月)
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