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■ わかんないけれど
僕の大学出身でセラピストに なった人は数人いるらしい。 数人もいると言うべきか、 数人しかいないというべきかは 分からないけれど・・・。
僕の知っている限りでも数人、 セラピストを目指して、 うちの大学で勉強している人がいる。
見ていると、正直、果たして こう言う人がセラピストに なるべきなのかしらと思ってしまう時がある。 「こう言う人はセラピスト向き」と言う 人間像がはっきり分からないから、 あんまり偉そうには言えないけれど・・・。
あまりに楽天的なのだ。 悲愴なセラピストも困りものだけれど、 酷く楽天的、楽観的なセラピストも、 いかがなものなのだろう。 実情を、知らないのだと思う。 僕もどれほど知っているか怪しいものだ。 けれども、それより遥かに知らないのだと思う。 探せば、いや、探さなくとも すぐ身近に病的と言われうる人が 見つかるはずだ。リストカッターなんて ゴロゴロいる。 そしてそんな人と、人間として真剣に 向き合おうと思ったら、どんなに大変なことか・・・。
そして、あまりにも無知なのだ。 僕もどれほど知っているか怪しいものだ。 けれども、それより遥かに知らないのだと思う。 何より、本を読んでいないのだ。 与えられた課題をこなす事しかしない。 ヤスパース、フロイト、ユングなんてのは もはや心理学では古典中の古典なのだけれど、 読んだことも無いと言うのはまずいでしょう?
臨床の現場で役立つことは少ない、 もしかしたらほとんど無いのかもしれない。 でも、古典と言われる学説から得るものも多いと思う。 実際、僕は多くを得たと思うし、 何より「おもしろい」「なるほど」と思うのだ。 そう思えないなら、やめてしまえ。
フロイトやユングを読んだこと無いのは良い。 でも、本を読まないのだけは勘弁して欲しいと思う。
パスカルの『パンセ』を読んで欲しい。 あれが少しも理解できないのなら、 偉そうだけれど、素質が無いのではと思う。
2003年10月10日(金)
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