一度だけの人生に
ひろ



 生活・エゴ 

「自分の個性みたいなものを、本当は、
こっそり愛しているのだけれども、
愛していきたいと思うのだけれど、
それをはっきり自分のものとして
体現するのは、おっかないのだ。
人々がよいと思う娘になろうといつも思う。
たくさんの人達が集まったとき、
どんなに自分は卑屈になることだろう。
口に出したくもないことを、
気持と全然はなれたことを、
嘘ついてペチャペチャやっている。
その方が得だ、得だと思うからなのだ。
イヤなことだと思う。早く道徳が一変するときが
来ればよいと思う。そうすると、
こんな卑屈さも、また自分のためでなく、
人の思惑のために毎日をポタポタ生活することも
なくなるだろう。」

太宰治『女生徒』より


大学の先生も、
ただの一生活人だと言うことが分かって、
心から、大学がイヤになった。
学生が、自分の思うとおりの
方向、意見に向かわないと、
ムキになって、
意地になって潰そうとするのだから・・・。
わかろうとしないのだから・・・。
学生に、学問の自由なんかあるのでしょうか?
確かに、一人で勉強する時間は充分あります。
でも、主張することは出来ない。
卒論も、発表も先生の思惑に添わなければ、
通してもらえないのですから・・・。

一体、僕らの四年間はなんなんでしょう?
どんなに求めて、好きで、勉強しても
先生の「気に入らない」
その気分一つで、全部パァなんです。

先生も、ただのエゴイスト。
僕らの想い、四年間よりも、
自分の好き嫌いの方がずっと大事・・・。

自コースの、社会人入試で入ってきた
40歳の同級生に
「自分の好きなことを
勉強にしたら、いけないんですかねぇ?」
と思わず、気弱く聞いたら・・・
「そんな訳があるか!
自分の好きなことこそを
勉強しなきゃいけないんだ!」
と言いました。
しかし、その後すぐ
「大学なんて、イヤだね。イヤだイヤだ」
とも言いました。
やはり、あの人も感じているようです。

ああ、本当に、本当に、道徳が一変する時が
早く来たらいいのに・・・。

そうしたら、自分のためでなく、
人の思惑のために
こんな風に毎日をポタポタ生活することも
無くなるだろうに・・・。


2002年11月01日(金)
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