生存報告―目指せたくまし道。 〜こっそりひっそり編〜
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なんですぐ謝るのって言われるくらいすぐ"ごめん"って言う人もいれば、 逆に なんでこの人絶対謝らないのって人もいる。 それぞれ感覚は違うから当然のこと。
私が謝るのはたぶん、 たとえば ちょっとぶつかっちゃったときとか、 人の邪魔しちゃってたときとか、 自分の行動が悪いと思ったときとか、いろいろ。
私が基準だから、私とは感覚が違う人に対して 人として自分とはちょっと合わないと感じる。
正しいとか正しくないとかは、ない。
会社の方針が絡んだようなことで上司に何か言われ。 私は自分が正しいと思うし納得できないから私は一度も"すみません" と言わなかった。だってオカシイもの。そんな義理ないし。
そうしろと言われたところで私にとってそんなに困る話ではなかったから (重要なんだけどそれ以上に人間関係のほうが重要)、 むかついたけど終始"ソウナンデスカー"というかんじでその話を聞いていた。
そういうことがあると、よく 思う。 私はさっき謝るべきだったのか?って。 でも絶対納得いかない。悪くないから謝りたくない。
人間関係だったら謝ってしまうことはあっても、 決まりとか、契約に付随するようなことに関しては 間に感情が発生する必要はないから折れたりできない。
企業だって人で動いてるのはわかるけど、 今までの関係をみてもこっちとしては妥協できない。
上司は最後に"ごめんね"と言って戻ったけれど、 そこでそう言ったことで悪い人じゃないんだと私に感じさせた。 それは人間関係を円滑にする"ごめん"
話したら憤慨する人もいるだろうし、 仕方ないことだよと諭す人もいると思う。
同じようなことで、あるバイトのときなら全然気にならなかったこともある。 自分の仕事の納得だったり、管理してる人の人格だったり。
でも今は違う。会社の方針で、研修で教えることもおざなりに 回ってくる作業をみよう見真似でやらされてそれは納得いかない。
どっちにしても、組織になると簡単に行かないことが増えてたまらない。
個人としては絶対戦争なんてしたくないと思っていても、 責任者としてはそういう方向に流れを持っていく必要があることもある。
想像してみる。
敵国の兵士に殺されそうになる瞬間。 人間なら"生きたい"って思う。
恨みつらみなんて事情なんて個人には関係なく単純に数の問題になる。 自分が抱える国民を死なせたくないと思うから勝ちたいと思う。
画策しないわけにはいかなくなる。 守るために戦うことを選んでしまう。
戦争はイヤだと皆が思っている。 人が死ぬのはイヤ。
どこまでもどこまでも平和を唱えて欲しくても、 まとめる側としてはそうは出来なかったりする。
でも、そういう人を皆待ってない? でも、殺されそうになったら抵抗するよね?
勝ったほうがエラそうにするのは当たり前。 戦いに勝ったから西洋の文化が優越している世の中で。
もし大戦で勝っていたら欧米人がこぞって和服を着ているのを見て 似合わねーとかつっこんでるかもしれない。
何が言いたいかっていうと、 まだまだ子ども。
こんなこと考えるの、イヤ。 もうねるー。
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